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一年生日記  2002年1月

1月も終わりです。
最近少し早寝をするようになったあゆみは、寒い朝でも元気に起きてくれます。
起こす時に背中に書く文字が、ひらがなから漢字に変わりました。
月、火、山、糸、口、犬などなど。
どんどん覚えるものです。
三つくらい書くと目が覚めるようです。
さて、
学校では、毎日漢字の書き取りではなく、漢字の書き順のテストが行われている模様。
ランドセルを覗くと、「なんだこりゃー」という点数のものがはいっています。
形は似ているけれど、一画少ないものや、とんでもない書き順のものもあります。
何が出るかわからないのにテストをやっているのかと聞けば、
「知ってるよ、連絡帳に書いてあるもん」という。
連絡帳を開けて見ると、ちゃんと次の日に出る漢字が宿題にでているではないか。
それなのに全くやっていないあゆみ。
ちょっと発破をかけました。
今日はどんな点数をとってくるかな。

夕方から夜にかけて、あゆみと話すことのできる時間は2、3時間。
他にも3人いるし。(1人はバイトで夜遅く、1人は受験で夜遅く、1人は部活で疲れ果てているか、
お腹がすいているか)
その中で、国語の教科書の音読、漢字やピアノの練習などにつきあい、なおかつ、ぬいぐるみの犬に体操着縫って! とか、毛糸でポシェット編んで! とか、「千と千尋の神隠し」の絵を書いて! とか要求が多いのです。
 でも考えてみると長男の時は結構手をかけていたなあ、とも思う。
自分のための時間も欲しいし、本も読みたい。
今まではそれをして、遅くまで起きていたけれど、現在はあゆみと一緒に早寝をして、低学年の子のリズムにあわせた生活を共有したいと思っています。




お久しぶりです。
1月9日以来、更新されていないといわれてしまいました。
毎日いろんなことがあるのに、書く時間がないんだなあ。
楽しみにしていて下さる方には申し訳ありません。
今日始めてみた方、小学一年生の親の観察日記です。(中学生の日もありますが)

さて、昨日はあゆみとまた銭湯に行きました。
今年三回目です。
「ねえ、お年玉で払うから行こうよ〜」。
と誘われたので、行くことにしました。
お年玉の使い道としてはなかなかいいんじゃない。

風呂道具もあゆみが揃えました。
お年玉袋から千円抜いて財布にいれ、ポシェットを肩から斜めに下げて、準備完了。

番台に出したお金がやっと届く背の高さは、幼児料金なんですが、ちゃんと小学生料金180円と私の分400円を払っておつりは420円。
「お年玉でお風呂おごってもらうんですよ」というと
「ありがとねー、ゆっくりあったまっていってね」と番台のお姉さん。

あゆみが銭湯にこだわるのには少々訳があります。
最近しもやけに悩まされているのです。
足の小指のしもやけが痛痒くて、夜に起きて泣くこともあるのです。
みかんの皮を煎じて足を浸すといいと書いてあったので、やってみましたが、効かない。
血行をよくするために冷たい水と、熱いお湯に交互に足を浸ける作戦もお湯がさめてうまくいかない。
痛い足をかばうように走る姿を後ろから見ると、ガチョウのようで痛々しい。

銭湯なら芯からあたたまるのを知っていたのでしょう。
自分から薬湯に入って、「あったまるんだよなあ」とニコニコ。
からんの冷たい水を汲んで足を入れる。また湯舟に。また水に。
これで少しは良くなるでしょう。

風呂からあがって、水が飲みたいと、財布のおつりを数える。
黒部の天然水は140円。「無駄使いかなあ」とあゆみ。
「おつりに少しお金を足せば、また銭湯に来られるよ」と私。
「じゃあそうする。また来ようね」とあゆみ。

ぽかぽかになって家に帰ったら、あっというまに眠くなったもよう。
瞼が下がってきてあっというまに眠ってしまいました。



あけましておめでとうございます。
本年もよろしく。
またまた長いこと書いておりませんでした。
これじゃあ日記じゃないね、という人あり。
いいんだよ気長に続ければ、という人あり。
後者を支持します。

さて、長い休みにいろいろありました。
年内は配達で30日まで仕事。
31日は何とかお正月の準備をしようと思ったのでした。
この頃考えていることのひとつに、おせち料理を伝えていくか。
これがあります。煮物、栗きんとん、なます、伊達巻き、数の子、黒豆・・・。
もうそんな物作らないで簡単にすますという人もあります。
でも、カルタも、はねつきも、独楽回しも、たこ揚げもあまりやらないし、
松飾りもしないでリースを玄関に飾るだけ。
どんどん正月らしい物が消えていく。
せめて口に入る物くらい残しておきたい。
その意味を考えながら・・・・。
結局一日で全部作りました。
さて正月になってみると田作り(これは少し固くて失敗作)、なます(甘酸っぱいのが苦手)は手が出ないよう。数の子は好き。
おせちはお重を開けてすぐ食べればいいようになっているけれど、最近の子どもたちは毎日甘い物は食べ飽きているし、二度同じ物を食べようとしない。
結論。
来年は、元旦の朝、一回だけちょこっと食べるようにしよう。

話変わって、
正月の6日に目黒雅叙園に行きました。
「昭和の建築見学とグルメ」
登録文化財になった目黒雅叙園内の保存建築物は、「千と千尋の神隠し」の
ヒントになった建物とか。
大ブームになったこの映画、あゆみも大好きで、二度行きました。
そんなことで、新聞でその募集記事を見て参加したのでした。

石川県羽咋に生まれた細川力蔵という人が、住み込みから身を起こし、芝浦雅叙園を作り、昭和になって目黒雅叙園を作ったとか。
百段階段と呼ばれる建物は、急な斜面の階段に沿って部屋が6つ。
日本画家に天井画から何から描かせ、面皮の床柱や天然の絞り丸太(北山杉)といった銘木を使い、組子障子や象嵌細工など贅を尽くして作られた部屋の数々。
参加者は、説明を聞くたび「ホー」とか「オー」とかため息ともとれるような声の連発。
あゆみと友達のむっちゃんはあの映画の舞台がそのままあると思ったらしく、
「ここは油屋じゃないよ」という。
それでも、「魚樵の間」についたら、何となくそれらしい感じがして、2人は目をぱちぱちしておりました。
この部屋は、漁師と樵の問答になっていて、木の浮き彫り。
確かに映画の中で、顔なしが千を呼びつける最後の方の場面ににている。
長いこといると頭がくらくらするような部屋だったけど。

鏑木清方の美人画は、お宝鑑定すると相当の物のようだけれど、保存状態が悪いとか。
しかしながら、「この部屋の絵画は本来、ここでお酒を飲んだり、楽しんでもらうために作られたんですから」
という説明に妙に納得。

建物見学を終え、後半は、中華料理に舌鼓を打ち、新館の天井画なども拝見。
一階のトイレに入ったら、目が点。朱塗りの太鼓橋を渡るとその先に屋根のついた小部屋が3つ。
象嵌細工の扉はまさに千と千尋の世界。私も長い列に加わる。

雅叙園で過ごした一日でした。
いやあ、半世紀弱生きているけれど、こういう場所は初めてだなあ。
今度は誰かの結婚式にでも呼んでもらおう。

保存建築は年に何度か、一般公開していると言うことです。

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