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小沢信男さんのこと


小沢信男さん(谷根千43号より)

歳のせいだろうか。このところ、永のお別れが多い。若い時に応援してくださったり、ご馳走してくださった一つ上の世代の方たちが、次々雲の上に旅立たれる。
中でも思い出深いお一人は、谷中在住で、3月3日の雛の節句に亡くなられた詩人・作家・編集者の小沢信男さん。93歳だった。最初に知り合ったのがどういう経緯だったか覚えていない。

『谷根千』の43号は1995年7月15日発売で、ここに小沢さんと私たち3人の町歩き「詩人の散歩、小沢信男さんと歩く谷中」が載っている。これは路上観察の特集号である。もうずいぶん前に品切れになっているので、この記事を公開しよう。
「小沢信男さんと歩く」(谷根千43号・1995年7月)pdf
この時、ヤマサキが乳母車を押している写真があるが、これは谷根千10人の子供の最後に生まれたオオギ家のあゆみで、もう26年経った今は、立派な社会人である。

小沢さんはタウン誌『うえの』の顧問格、その前は新日本文学会の鬼の編集長と聞いた。だけど会うたびに「私は谷中は新参者ですから……」とおっしゃるのだった。谷中に住み始めて6年目のことだった。目を細めて、ハハハともホホホとも取れるような笑い声が特徴的だった。

小沢さんは「僕はね、一生かけて山手線を回ってる」と話してくれた。 1927年、生まれたのが新橋。銀座あたりのタクシー会社の社長の息子さん、お金の苦労はしたことがないらしい。「親の脛ってかじるためにあるんですよ」とどこかで発言されていた。
新宿の府立6中(新宿高校)に入り、世田谷へ、それは太平洋戦争の始まった頃。ギリギリで戦争に行かずに済んで、敗戦後、早稲田第一高等学院に入って高田馬場へ、病気でやめて日大の芸術学科に入り直し江古田へ。
『江古田文学』を編集したのを皮切りに、戦後は『新日本文学』や『うえの』の編集に携わりながら、小説、詩を書き、俳句を詠んだ。

大塚に長らく住んだが、周りがビルだらけになったので、「谷中界隈に物件が出たら教えてって頼んでいたの」という。それで、蛍坂上のお寺の墓地を見晴るかす一軒家に。「申し込みの2人目だったけど、最初の人が値切ったんで、僕のところに回ってきた。もうここで死のうと思ってます」という。静かな佇まいで、散歩の帰りにも、その後も何度かお邪魔した。

私(モリ)の『谷中スケッチブック』(ちくま文庫)の解説も小沢さん。最後が「ほころびご容赦」と結んであるのは、まさに江戸のど真ん中で生まれ育った小沢さんから見ると、戦後生まれの私の記述があちこちおぼつかなくも見えたのだろう。そんな大先輩にタメ口をきいていたのは恥ずかしいし、 散歩した当時は今の私と同じ歳。谷中の坂を下りたり上ったり、私ならこのコースに音をあげて「若いもんは年寄りのことなんか考えとらん」と怒り出しそう。幸い、小沢さんはほっそりして身が軽く、散歩が好きだったので、最後までニコニコして付き合ってくださった。

何の時だか忘れたが、小沢さんがすぐ近くにお住いの岸田衿子さんをご存知ないというので、詩人同士をぜひお引き合わせしたことがある。
お話のあと、近くの店で打ち上げをした。その時、小沢さんがいとも安げに「あなた、何で田村隆一と離婚しちゃったの」と聞いたのだ。同席した私はドキッとしたが、衿子さん、平然と、「あんなアル中とはそんなに長くいられないわよ」と答えたのにも驚いた。ほんとにこんな自由人の先輩たちがいてよかった。

そういえば、『うえの』に私が朝倉彫塑館を舞台にした小説を書いたことがある。小沢さんはどう思ったのか知らないが、「これで森まゆみに最初に小説を書かせたのは僕ということになる」と笑ってた。これは山手線26駅を一人の作家が一駅ずつ掌編小説を書くという企画で本にもなったが、それは小沢さんの人生が「山手線を回っていたようなもの」だったからか。

お葉書もくださった。45号のサトウハチロー特集の感想を「……このナマナマしさは並みの技ではありません。てんでばらばらなところが妙味ですなぁ」「後世、弥生町とサトウハチローを調べる人が現れたら、これは第一級資料になるでしょう」と書いてくれた。
おたより(谷根千46号・1996年3月)pdf

小沢さんはいつも新刊がでると谷根千工房に3冊ずつ本をくださった。私たち3人が対等平等に谷根千を作っていることを一番わかってくれる方だった。
最後に会ったのは2018年5月5日、彰義隊の上野戦争150年忌日。「へえ、森さんも来たんだ」と茶化すようで、その実、うれしそうだった。

タウン誌「うえの」を支えるのれん会の皆さんは不忍池地下駐車場に賛成の方が多かったであろうに、小沢さんは私たちの反対運動を応援して、サイデンステッカーさんとの鼎談にも出てくださったし、『谷根千』32号(1992年7月)に「しのばず学−誰のものでもない不忍池−天海僧正が池に託した宇宙観」を書いてくださった。

長らく本当にありがとうございました。合掌。

2021年3月17日  森

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