続・おいしい店みつけた/中濱潤子

第2回  手打ち蕎麦 よし房凛 (根津・不忍通り、根津神社入り口信号そば)

  そばとはなんと香りのある穀物だ、と驚いたのは10年ほど前、山形でせいろをごちそうになった時のこと。そばとは、そばの実を粉にして作ったもので、米や果物と同じ農作物。それまで忘れていた当たり前の事実を、その強烈なそばの香りが教えてくれた。仕事で時々訪れるワイン産地は、北海道、長野など元々そばどころ。お昼にそばを食べることが多いが、近ごろそれに満足できずにいる。そばはおいしい。しかしつゆが甘く好みに合わないのだ。料理としてのそばの完成度は、麺とつゆのバランスが決めるということを遅まきながら実感している。

店主の武原孝治さん

店主の山梨善一さん

  2003年、根津に店を開いたよし房凛の店主、山梨善一さんは、製粉を修業先の葛飾・立石の玄庵で、つゆの技法を実家であるそば屋のお父さんから学んだという。

  なにはともあれ、せいろを頼む。最初に出てくるつゆを一口。きりっと辛口ながらほのかに甘味がある。続いて届いたそばをそのまま口に含めば、そばの実の香りが鼻を抜け甘味が広がる。山葵をのせてつゆに浸してつるんとすする。ぷりっとした歯ごたえと、滑らかなのどごしは確かに田舎そばとは別物の勢いがある。

  本日のそばは北海道雨竜町産と、店の奥のガラス張りのそば打ちコーナーに短冊が貼ってある。ほかに栃木・益子や茨城など、数ヶ所の産地からその時最もおいしいそばを丸抜き(玄そばの殻を抜いた状態)で仕入れて、一日に5〜6回石臼で挽いて打ち立てのそばを提供する。

  そばと水だけで作るそばの味は、9割方原料の善し悪しが決めるという山梨さん。
「水回し(そば粉に水を加えて均一に混ぜる工程)をしていると、だんだん香りが立ってきて『もう水はここまででいいよ』と、そば自体がタイミングを知らせてくれるのです」、素材と真剣に対話することでおいしさが生まれる。

  せいろ(750円)は正統派だが、独創的な種ものそばもいろいろ。ぶっかけそばの<磯天おろしそば>(1300円)は、えび、かにかまの天ぷらに加え、なすとししとうの素揚げに、水菜、茗荷、わかめ、大根おろしがたっぷりで、しゃきしゃき、ぷりぷり、さまざまな食感が楽しめる。<なす汁せいろ>(1300円)は、鴨せいろの野菜版。なす、はす、ピーマン千切り、短冊に切った長ねぎ炒めて、鴨の脂身でこくを出した温かいつゆに浸していただく。温かい<梅そば>(1050円)は、焼き梅、のり、おぼろ昆布、大葉がさっぱりした口当たり。

店主の武原孝治さん

手打ち蕎麦 よし房 凛  スタッフのみなさん

  夜はそば前も充実している。<そば味噌の春巻き>(400円)は、板そばをくるりと春巻きのように巻いて衣を付けて揚げたもの。口に入れると中の熱々のそば味噌がとろりととけ出す。丸抜きのそばの実を上手に使った人気のおつまみだ。鴨のハツにさっと塩をして焼いた<ハツ焼き>(500円)もそば屋ならではの料理。一羽丸ごと仕入れる鴨は、鮮度がよいからハツもおいしいしい。余った身はミンチにして西京味噌と合わせてオーブンでパテ風に焼いてお通しに。季節感を大事にした<天ぷら盛り合わせ>(1300円)は、春は芽キャベツ、夏はトマト、秋はぶどう(!) 冬はしらこ、かき! 奥さんの良子さんによる、アスパラ、パプリカなど洋野菜のぬか漬けに、ビール酵母に漬けたたくあん、スモークしたにんじんなどのオシャレな漬けもの(550円)もぜひ。

  お酒は有名無名にこだわらず好きなものを10種類ほど。中でも親交のある青森の三浦酒造の<豊盃>の純米しぼりたてや吟醸酒はほかではなかなか出会えない。濃厚なそば湯で割ったルチンたっぷりの焼酎割りもおすすめ。 店では、おつまみと熱燗のオジサマ、家族連れ、若いカップルが思い思いにくつろいでいる。良子さんによる、まさに凛とした生け花やスタッフの折り目正しく温かい接客も気持ちいい。

文京区根津2-36-1 TEL 03-3823-8454 
11時~14時45分LOラストオーダー 17時30分~20時30分ラストオーダー
日曜昼のみ 火曜休み せいろ、田舎せいろ各750円、天せいろ1600円、お酒1合700円ぐらい。
夜の予算は2500円ぐらい~。

バックナンバー

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中濱潤子プロフィール

歴史や風土と職人魂のつまったワインと食を追求するライター。女性誌、ワイン専門誌、カード雑誌などで執筆。
「地域雑誌 谷根千」では2001年から「おいしい店みつけた」を担当。
谷根千英語ガイド おみやげコンシェルジュを主催 http://omiyage.yanesen.org/