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日々録   2001年8月

 今日から3日間、年に一度の決算棚卸しで店はお休みです。一日中、ただひたすら店頭在庫のチェックに追われ、少々くたびれました。例年最後の日は徹夜になるのですが、今年は何とか回避したいものです。手応えはありますが、さてどうなることやら。
(宮地)

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 7月の始め頃だったでしょうか。銀座のわしたショップでゴーヤーの苗を買って来ました。店頭で水不足だったのか、しょんぼりと見るからに元気なさそうで哀れな感じでした。
 わが家のベランダに落ち着くと日に日に元気を取り戻し、蔓を延ばし始めました。柵にしがみつくようにくるくるっと蔓を巻き、また次の蔓が頼るところを探している様子が何とも愛らしく、この夏は朝起きると先ずベランダに出るのが日課になっています。そばに寄ると清々しいけれど力強い、何とも言えない青草の匂いがします。
 今では背丈も私と同じくらいになり、下から順に咲き始めた黄色い花が、風が吹く度ふるふると揺れています。
 今日もいつも通り観察をしていると、これまで雄花ばかり咲いていたのに、小さな小さな雌花らしき蕾を発見しました。水やりだけで特別な手入れもしてやらなかったので、毎日楽しませてくれただけでありがたや、と思っていたところです。
 わが家の夏はまだまだ続きそうです。
(アオキ)

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 谷中ぎんざで沖縄民謡ライブ。交代で覗きに行く。青空の下、イイ感じ。上等であるね。
通りすがりに立ち寄る人、遠くで唄声を聞きつけて来る人、私達みたいに仕事抜けて観に来る人(は、あんまりいないか。)、子供たちが、カチャ−シーの軽快なリズムにのってキャーキャーはしゃぎ、にーにー、ねーねーから、おじい、おばあまでみなイイ笑顔の45分。うーん、まるでウチナーさ。踊りたくてウズウズしたけど、内気だからねー、私達は。

 品出しした中から2冊。
草思社 『空の色の光の図鑑』 斎藤文一(文)武田康男(写真) 1800円
岩波書店 『熊野修験の森』 宇江敏勝 1100円
(アオキ)

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 今日は文庫中心の品出し。

 ちくま文庫 『忘れられた女神たち』 川本三郎 著 800円
 ちくま文庫 『人間狩り』 フィリップ・K・ディック 著 800円
 講談社文庫 『都築道夫のミステリイ指南』 600円
 中公文庫 『対談 現代詩入門』 大岡信・谷川俊太郎 著 500円
 教養文庫 『妖蝶記』 香山滋 著 1000円
 新潮文庫 『人外魔境の秘密』 横田順彌 著 800円

 上記の他にも、山田風太郎の品切れものを10数冊出しました(角川中心)。

 ところで、 いしかわじゅんの『漫画の時間』という本、おもしろいです。いくつかの雑誌で連載していた漫画評を集めたものなのですが、今日品出しの際にパラパラとページをめくっていたら止まらなくなってしまい、家に持ち帰ってさっきまで読んでいました。新潮OH!文庫版です。もともと晶文社から出た本で、その時から気になっていて、なおかつ店に入荷してもいたのですが、読まずじまいだったのが惜しまれます。NHKの『BSマンガ夜話』での氏の発言のいくらかは、すでにここで語られていたものだったのですね。漫画に対する愛の深さ、その一途さには脱帽させられます。2、3日中に600円で文庫新入荷棚に出します。

(宮地)

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台風11号は横浜から東京湾を通過したのが幸いだったのか、千駄木谷中から千葉県鎌ヶ谷市あたりまでは、こちらが身構えてたほどのこともなくよかったな。
祭や旅、日本シリーズの球場や「いちゃりばちょーでー」な酒盛りみたいな、非日常的空間が大好きな輩っているものだよね。今回も西の方ではかなりの被災者が出ているのであまり不謹慎なことを言うつもりはないのだけれど、一般的に、台風好きな連中ってのがいるもので(雷を伴った真夏の夕立ちが、気持ちよくかつわくわくしてしまうようなもので)、今回も日曜日から来るか来るかと待ち望んでしまったのがわっしなのでありんした(今年はじめてだったし)。

台風で思い出すのは1989年のこと。夏休みを持て余したわっしと友 K は立て続けにやってくる台風に我慢がきかなくなって、愛車双子座にふたり乗り込み4号線を台風と共に北上。“俺は最低!”と雄叫び上げながらワイパー最強、視界のきかない片側一車線をいくつもテールランプ追い越してった。明くる朝訪ねた仙台の友人はびしょ濡れになっちまってるトランクの中を見て腹かかえて笑った。台風一過の仙台はくもりない青空が気持ちよくって、女のコを探してライの“CHICKEN SKIN MUSIC”かけて市内を回したが青空だけで充分だったさ、ほんとさ。いやなんにしてもびしょ濡れのエスパドリーユ(革製)の臭かったことがさ、しようがないさ。
その後は再びKと双子座に乗り込みさらに北へ。でも台風はもう関係ないのでこの続きは次回「双子座とその仲間たち」をお楽しみに。

(かつての仲間たちへ。双子座は現在ラジエーターに穴が開きもうどこにも行けない。経済的事情からもはや修理も断念、こっち来てからかれこれ3年、ワックスもかけてやれずにチャイバでひとり泣いている。もう月に輝くこともなくなってしまった。かわいそうだが9月に廃車にしてあげるつもりだ。形あるもの、いずれみな土へと還る、しかたのないことなのだ。)


山崎母録(改め山崎台風録)
一昨日はいちんち中、テレビの台風情報をつけっぱなしでわくわくしながら一方で、これはかなりの大物だと、懐中電灯や携帯ラジオを取り出したり水を買いに出たり、越して来てはじめて雨戸を閉めたりして(すると戸袋の中からヤモリが2匹飛び出して、夜毎網戸にへばりついてうちの灯りに吸い寄せられる虫たちをぱくりとしていたのはここを住処にしてたのねん)、ずっと頭の片隅で意識していてめんどくさい思いがあり、それは実家に戻ってやんなくっちゃなぁという、重い。
不謹慎な表現だとお叱り受けそうだけどうまくは言えない。特別な一日がやってくる。その時はいちばん好きなところにいたい(前日も鎌ヶ谷へは行ってたし、この日は予定に入ってないし)、できればいちばんな人といたいものだよ、人間は、勝手な生き物なのさ。
さてそれでも現実は、勝手で済まない事情がはびこり実家は我が家よりずっと頑丈な鉄コン筋クリートの団地住まいであるけれど、寝たきり母と最近介護で腰をダメにしてしまった難聴父との二人だけ、こんな日にもし大変な事態になったらならずとも、もしも台風でヘルパーさんが予定の通りに動けなくなったらそれだけで、身動きとれずに天災以上に大変な事態になってしまうものな。はあ。てなわけで一昨日の夜から降り始めた大雨の中、わっしはひとり実家へと戻るのでありんした。
さてそれでも台風は、いやが応にもわが興奮をかき立てるものでありやして、夜中1時の巡回ヘルパーさんら(通常は1人だがこの日は台風のこともあり2人で来てくれた)が帰ったあともまんじりともせずにいると、ひと月ぶりに泊まった息子がそんなに嬉しいか、あそこが痛いここが痛いあれを塗ってほしいこれを飲ませてほしい云々、おいおいなんで病人の君がそんなに眠れないのだ台風が来るなんてことも把握できやしなくなっちまってるくせに。とここでとても心配になる、もしや毎晩こんな調子であるにも関わらず難聴熟睡父にはまったく届かずにいたんじゃなかろうか。で明くる日(つまり昨日)、薬が効いて気のはっきりしてる時間帯母にいつもああなのか一応確かめてみたところ昨晩だけは特別に眠れなかったそう、で、ほっとしたのだけど。ふむ。把握しててもできずとも、台風というのはなぜだか人を寝つかせずにおるものらしい。
それにしても台風かよ。朝刊は明け方5時には入るしテレビじゃ通勤電車は動いているし、明けてから外みればみんなぞろぞろ駅へと歩いてゆくし。そしていつものように朝のヘルパーさんがやって来た。の前に昨晩は別の部屋でのんびり眠った疲労蓄積限界気味父がのっそり起きてきて言う、朝御飯作ってくれよ。はいはいっと。
もとい。それにしても朝はかなりの暴風雨。ホームヘルパーの仕事というのはなんて頭の下がる思いだろう。そうか。こんな日でも仕事へ行かなきゃならない人には、行かなきゃならない理由があるのだ、必ず。
そいでもって、わっしはこの日仕事を休ませてもらいやした。
そして介護の長い一日はまたつづく。昼寝うたた寝ちりばめながら。

(山)

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激しい雨音に寝不足のまま朝を迎える。台風は昨夜からほとんど移動していない。
風雨は小康状態、とりあえず10時過ぎに店に向い、雑誌のおじさんを待つ。

店開けようかな、どうしようかな、でもこれから荒れるんだろうな、などと思案しているうちに雑誌のおじさん現れる。蒸し暑い中、いつもは昼と夕方2回に分けて持って来てくれる量を、2回目は来られないからと1回で持って来てくれた。多謝であります。雑誌をおろした彼は、降られないうちにと早々に引き上げていった。

そしてわたしはまたひとり考える。
ここはやっぱり、たくさん持って来てくれた雑誌を1冊でも多く売るのがわたしの男気か。
こころなしか、外は昨日より人通りがあるようだ。 うーむ。

ところが、そこでグーッと鳴ったのは腹の虫だった。

そうだ、神原も朝「無理するな。」と電話くれたじゃないか。台風の日くらいゆっくりしよう。
わたしはさっさと男気を捨て、シャッターを閉め、クラスティーでパンを買って、再び降始めた雨に濡れる足元を見てはうなづいたりしながら家に戻り、気付くと深ーい眠りにおちていた。

結局、本日は3時開店。
でも、台風というか、激しい雨降りだけだったような・・・
変なリズムの1日。
(アオキ)

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 近付きつつある台風のことが頭から離れなかった一日。昼過ぎから雨脚が強まってきて「すわ、いよいよか!」なんて思ったのも束の間、少しずつ小雨になっていき、帰る頃には止んでしまいました。帰宅してテレビを付けると「時速15キロ」とのこと。そりゃ全然来ないわけです。できれば明日の開店までに通り過ぎてくれればとの思いも空しく、営業時間中に直撃となりそう(たった今、天気予報を見たら「時速10キロ」にスピード落としているし)。逸れてくれればいいのだけれどねぇ。

(宮地)

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 昨日はアオキと手賀沼ジャズフェスティバルに行ってきました。

 1週間ほど前、店でもCDを置いているお気に入りのバンド「春犬バンド」から出演する旨のハガキが届き、急に思い立って行くことにしたのですが、いやぁ、楽しかったです。

 柏駅から、途中迷ったりしながらも30分ほど歩いて会場の柏ふるさと公園に着くと、ちょうど春犬バンドの演奏が始まったところ。思い思いの姿勢でのんびりと寛いでいる人たちに混じって、僕たちもビニールシートを広げ、エビスビールで乾杯。12時を回ったばかりとあって陽射しは痛いほど肌を焼いていきますが、同時に心地よい風も吹き抜けていき、バンドの奏でる音楽は、蝉の鳴き声や子供のはしゃぐ姿や空気の匂いや、そういったそこにあるすべてのものと自然に溶け合い、何とも幸せなひとときを過ごすことができました。

 春犬の演奏が終わった後は、客席(というか芝生ですが)を取り囲むように並んでいる屋台で仕入れてきた焼き鳥やら五平餅やらをつまみながら、ビール、ビール、またまたビール。時には水辺に足を延ばし、釣りざおを垂らす人々をしばし眺めたり、ステージの裏側のベンチでまどろみ、かすかに聴こえてくるジョビンの曲に耳を傾けたり、そんなふうにゆったりと時間は流れていきました。夕方、公園を後にする頃にはしっかり日焼けまでしており、本当に夏らしい休日となりました。
 
 また、帰りに立ち寄った柏のディスクユニオンでは、ここしばらく探していた河村要助さんの本『サルサ天国』(800円)もゲット!さらにニック・ドレイクの1st.と2nd.(日本語解説付きのRYKO盤CD、1200円と1400円)及びコンポステラの『歩く人』(これはアオキのセレクト、新品)も買い込み、ほくほく気分で家路に着いたのでした。

 そんな感じで僕とアオキのプライヴェートは爆発、今日出勤したら昨日の店の売上も好調だったようで、2日続けて神原説は証明されたようです。めでたしめでたし。

(宮地)

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昨日は“ウエノ・ポエトリカン・ジャム”に仕事をサボらせてもらって行って来た。
やはりあんなに詩人たちが集まると、その場に出来上がるパワーだけであてられる。
若いし(実年齢関係なく)。

つづく

へ へ
の の ”
 も
  へ

(山)

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ざーっと降っては止み、ときには青い空も覗いて、台風の影響下(?)のめまぐるしいお天気、あちこちのイヴェントはどんなだったでしょう。
今日のほうろうは、山崎が“ウエノポエトリカンジャム2001”へ、休みの宮地と早番あがりの青木が2人で全生庵の圓朝寄席へそれぞれ出かけて、夕方から私が留守番に。それで、新しく担当替えになった文庫の棚の並びをあ〜でもない、こ〜でもないと一人存分にいじり倒す、そんな楽しい作業の1日でありました。
それにしても、今日は売れたなあ。ありがたや、ありがたや。
私はね、実はかねがね心の中で密かに、売り上げとは店員のプライヴェートでの炸裂度によって決まるのだ、という仮説を立てているのだけど、今日はいっそうその確信を深めましたよ。いや、少なくとも山崎ひとりについては間違いなくそうだと断言しましょう。
山崎はイヴェント終了後の打ち上げに参加して、ずいぶん楽しい時間を過ごした様子でたった今帰ってきたところなのであります。
(神)



ういぃ〜〜〜〜。

うりゃぁっ
カワグチどこりゃぁっ
コモリっ どこいったのじゃすりゃ
まぁだ Q とものんどりゃせんじゃろがっ
せんだぁ
ふらこぉ
広告やめたってもよかのいじゃぁ
(んにゃ、せんだ、ゆかたでゆるそうするすれ)
ば、
また、3K あんど HORO 4 にて飲みゃしゃんせ

おぉ、んで、あすたはエスっぺが遊びにくるのじゃすったわ。

(山)



↑酔っぱらい! なにを言っているのかわかりませんよ。

〜 〜
@ @ ?
 v
 〜         (神) 

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 何日か前の話。

 レジに文庫本を持ってみえた女性に突然「これは150バーツなんですか?」と訊かれ驚きました。確かにその本には「150 B」という表記が・・・。でも、バーツじゃないのです。

 ほうろうでは本の値段を最終ページの右上に書いているのですが、状態の良くないものに関してはその傷みや汚れに応じてB、BC、Cという英字を併記しています。例えば本来200円の文庫本でカバーに少し破れがあるといった場合は「150 B」、さらにヤケていてシミもあるとなると「100 C」となります。これは基本的には店員同士の符牒で、「この本、ここんところ破けているし、ちょっとまからない?」というお客さんの問いかけに対して、「申し訳ありませんが、その破れを考慮に入れての値段ですので出来かねます」あるいは「そうですね、じゃあおまけして300円でいいですよ」といった判断をするのに役立っています。
 こういう表記はもともと中古レコード屋のもので、古本屋でやっているところは見かけない気もしますが、お店を始めた頃の仲間に元中古盤屋店員がいたこと、また僕自身も古本屋以上にレコード屋に通っていた時期が長かったこともあって、気がついたらほうろうでは定着していたのでした。知らなくてもまったく損はしませんが、よろしければお買い上げの際の参考にしてください。

 さて、夏のセールも残すところあと10日ばかり。人文科学系の棚でも放出を開始しましたし、特にセールと銘打っていない棚の本もどんどん300円や100円の均一棚に移動しています。お見逃しなきよう。
(宮地)

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早番を少し早あがりさせてもらって、映画の試写に行ってきた。
『ブリキの太鼓』のウォルカー・シュレンドルフ監督、ジョン・マルコヴィッチ主演、原作はミシェル・トゥルニエの小説の『魔王 THE OGRE』(仏独英合作/カラー&モノクロ/96年ヴェネチア国際映画祭 ユニセフ賞受賞)。
“OGRE”とは子供達が読む絵本などに出てくる「人喰い鬼」のことだそうで、第二次世界大戦下のナチズムに巻き込まれた男(ジョン・マルコヴィッチ)を描いている。が、この男はどこか現実から逸脱した世界(心が子どものまま?)に生きているが為に、数々の数奇な運命に翻弄されていながら、その姿はまるで寓話のなかの旅人さながらの印象なのだ。と言って軽さはなく、むしろ重い。おとぎ話の美しさに潜む残酷さ、無垢であることの残酷さが心に重いのだ。

既にロードショー公開の日程が決まっているようなので、私のつたない言葉でこの映画について語るのはやめにしてインフォメーションを。

9/8(土)よりシネ・リ−ブルにて公開
スペシャルトークも決定
9/8(土) 浅田彰氏  9/15(土) 皆川博子さん×佐藤亜紀さん
9/15(土) 上田信氏×後藤修一氏×本島治氏
各日とも18:00〜18:25(予定)シネ・リ−ブル池袋にて

(神)

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 学生時代からの友人が店を訪ねてきてくれた。
 社会人になって間もない頃、関西から船で安く行けるというので彼女と韓国の釜山に行ったことがある。
 バス停で待つわたしたちが日本人とわかると、次々に老人たちが寄って来て日本語で話しかけてきた。彼らはみな日本語を懐かしむようにニコニコしながら上手に話した。それは旅先で現地の人たちと過ごす楽しいひとときであったが、過去に日本が彼らの言葉を奪った事実を目の当たりにした思いで、わたしたちは愕然とした。
 日本に対して様々な感情があることを心配していたが、短い旅のあいだ、活気に満ちた港町でわたしたちは多くの人に親切にしてもらった。
(アオキ)

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蝉時雨の中、目眩を起こした子供たちのことだけは忘れずにいる。
56年前の真っ青な空が降り注ぐ、子供たちの小さな頭に響いた幾千万の蝉の泣き声。
共鳴した心がいつまでも痛みを感じていられるように、
話をしてみることは必要なことと思う時があっていい。
1966年生まれの丙午。
(母、昭和7年鹿児島、父、大正15年鹿児島、母方の祖母、明治41年沖縄にて、それぞれ生まれる。)

明日、21世紀最初の終戦記念日。

(山)

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   蝉の声のこと

 夏の強い陽射しのなかで蝉の声を聞いていると、蝉の声の遥か向こう側、時間も超越した向こう側にどんよりとした悲しみのようなものを感じる。見えるもの全てがきらきら輝くこの季節が大好きなのだけれど、毎年蝉の声を聞く度にぬぐい去ることの出来ない悲しみのようなものが私の胸に広がる。
 
 戦争だ。

 戦争を経験したこともない私がなぜそんなことを感じるのか。
 中学生の修学旅行で訪れた広島や、友人と旅行した長崎、原爆投下の再現フィルム、ひめゆりの塔で話すおばあのこと、それに毎年ニュースで見る慰霊祭などで象徴的に鳴く蝉、 恐らくそれらの記憶が積み重なり、何年か前から私のなかに影を落とすようになったのだ。それは、これから先ずっと気持ちに一点の曇りもない夏は迎えられないということの確信でもあり、やりきれない気持ちになったが、受け止めなければいけないことだと思った。でもそんなことは誰にも言ったことがなかった。

 8/12の朝日新聞の朝刊で作家の高村薫さんが書いていた。
『五十六年前の八月十五日も晴れて暑い日だったというが、未だ生まれていなかった者がこの日のことを想う夢想のタイムトンネルには、たしかに蝉の声が響いているだけである。十五年戦争については子どものころからずいぶん本を読んできたが、どこまでもこの身体の経験とはなりえないからか、ぼんやりとした振動となってゆらぎながら、何か五感を麻痺させるような蝉の声に溶けて、毎年立ち戻ってくるに過ぎない。わたくしを襲う「暈ひ」は、想像を超えた人間の暴力を想うことそのことか、あるいは戦争をめぐる無数の無名の言葉が形をなさずに消えてきた月日への呆然か。』(抜粋)

 同じ経験をしている人がいることに驚くとともに、祖父母や両親、その他多くの方々から直接戦争の話を聞いている世代としての責任の重さを強く感じている。
(アオキ)

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 たった今、世界陸上の女子マラソンが終わりました。僕はマラソンをテレビで観るのが結構好きなのですが、たくさんの人がただひたすら走るというこの競技の、どこにこんなに惹きつけられるのだろう、と自分でも時々不思議に思います。駆け引きを楽しむというだけなら、少なくとも最後の1時間ぐらいで十分なはずなのに、最初から観ないと満足いかないし。ぼおーっとできるのが良いのでしょうか。シドニーの高橋尚子選手の時のようなドキドキさせられるレースというのは本当に稀で(あの日はレースの格と展開と結果がすべて揃いましたから)、たいていのレースはのんびり観られますからね。
 さて、そういった意味で、今日の古館伊知郎アナウンサーの実況は馴染めませんでした(F1の時はそうでもなかったんですけどね)。これについてはいろいろな人がいろいろなところであれこれ言うのでしょうけど(世界水泳の時のように)、それとは別に世界陸上全体を通してのTBSのショーアップの仕方に、なんだかスポーツ中継を馬鹿にしているような匂いを感じます(プロ野球のオールスター戦しかり。テレビ朝日の「セスイ」に対抗して「セリク」とか言わないことは評価できますけど)。どうも上手く言えないのですけど、なんだか世の中のいろいろなものすべてが、こんな感じになっていってしまっているようで、気持ち悪いです。
(宮地)

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ヒャーハッハー!笑いが止まらぬ。
昨日の山の日々録に大船に乗った気分になった。

ワタクシはきっちり自覚しておりました。
20代の頃はちょっとまずいなと思っても、気合いを入れると引っ込んだものだったが、
30も半ばに差し掛かる昨今、私のお腹は気合いも念力も受け付けなくなった。
しかも、今年は夏用の水色のエプロンに替えた途端「あれぇ?おめでた?」と立て続けに聞かれた。
痩せ型ばかりの、ほうろう内で「私ひとり先を行くー。」と現実を素直に、静かに、受け止めていた。

ヒャーハッハー!ヤマサキ君、やはり貴方は同い年。
おかげで今日も美味しい晩ごはんがいただけます。
ありがとねー。
(アオキ)




う〜〜〜ん。
喜んでいただいていて、はたしてそれでいいのだろうか。
(今日はさっそく筋肉痛で、腕立て伏せと背筋をさぼってしまいました、情けない)

今日は久々に録りためてあった‘ちゅらさん’を観たさ。
この週はいよいよ結婚式で、それはともかく、やはりかつ子さんを喜ばせるために古波蔵家で式を挙げた折には、もう、久々のちゅら泣きさぁ。神原もびーびー鼻かみどおしで、ほんと、ちゅらさん始まると、みな単純になれるものであるよ。
(個人的にはその翌日の恵達もよかった、ベッキーに想いを告げて、あぁ、こうしてみな大人になっていくのだねぇ--------子どもの頃よく口ずさんでた歌、“どうして、ぼくを、待ってくれなかったの。こうして、いま、迎えに来たのに...................あの娘は青い眼の若い兵隊と、五月に行っちまった、カリフォルニア。あぁ、今でも、この町で、ひとり、呟いてる。「いつか、いつか、もうすぐ...............」”なんてなのも恥ずかしげもく思い出してしまったさ。いずれみな腹だって出るのにねぇ。ったく、いつもちゅらさんにはやられっぱなしさ。)

(山)

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ショックでした。
でも多少の自覚はしていました。
事実、風呂では無意識に鏡を見ないようにしていたのでしょう。
それゆえ自分の中の姿と現実との間の差をまだ無視できていました。
今日までは。
過日‘ボンフォトつうしん’の取材の折に撮った写真をボンフォト・スタジオのユ−エツ氏が持って来てくれておりました。カメラマンの‘マルハバ’フジワラ氏はスタッフ紹介的スツールに腰掛けた山崎の後ろ姿も撮っておこうと思ったのでしょうか(おそらくたまたまだったのでしょう)、でも、その写真はどう見ても山崎ではありません。猫背なところは似てるけど、黒いTシャツを着たその男は、やけに丸みをおびているのです。いやいや、そんなはずはございません。たまたま角度が悪くてそう見えたのでしょう。あるいは‘マルハバ’の腕が悪いのだ、いや、それは失礼ですよ、そう、たまたまです、たまたま。
ところが本日、こないだのキャンプの写真が出来てきまして、海パンで水遊びしている自分の姿に驚愕しました。前も後ろも横も斜めも、どこもかしこもブヨブヨぶよぶよ、脇腹の贅肉にいたっては焼いて食べたらどんなにおいしいことか。いったいいつのまにこんなことに。白くてむちむち、これではわっしの友人Oではないですか。夏からもっとも遠い男。わっしは深い悲しみにみまわれ、今日から腹筋、背筋、腕立て伏せを30回ずつはじめておる次第です。心でフジワラ氏に謝りながら(はあぁ、わっしも釜山港へかえりたいわぁ)。

今日は、悲しみに暮れながら美術書のセール品を45册追加品出ししました。多少自暴自棄なところもあり、これもいいや、こいつも持ってけ、と、お客さまからすればかなりお得になりました。もろにプライベートを仕事に出して、店には申し訳ないですが、この夏だけの出血大サービスです(来年はないよ、だって必ずや昔の体形に戻っているからね)。

(山)

ところで今号の‘ボンつう’はとくにおもしろいよ。興味のある方は<Mail:info@shop-bon.com,mail>まで問い合わせてみてくだされ(ほうろう店内にても配布しております)。もうすぐホームページ開設の噂もあり。
(ユ−エツ氏へ、私信。
 勝手してすまんぞな、許してたもれ。あ、あと、‘今月の一冊’もボンつうの原稿からアップしたぞなもし、そちらも覗いてちょ。)


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 映画『ラッチョ・ドローム』を観てきた。
 
 自分たちの血や肉になっている歌、リズムを持っている人たちを、心の底からうらやましいと思った。でもそれは、彼らにとって音楽だけが救いだったということでもあるのだけど。
 
 上映館は渋谷のシアター・イメージフォーラムです。次回上映作品が決まっているようなので、スケジュールを映画館に問い合わせてからお出かけください。
(アオキ)

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 品出し情報

 月刊『ラティーナ』 53冊 各300円

 1995年から2000年にかけてのもの。マンボ、チャチャ、ボレロ、ルンバ、タンゴ、サンバ・・・といった文字通りの中南米の音楽から沖縄民謡まで扱う「世界の音楽情報誌」です。個人的にはここ4〜5年、こういった音楽に少しずつのめり込んでいっていることもあり、こうして店にたくさん出せて嬉しいです。アストル・ピアソラ、アルセニオ・ロドリゲス、カエターノ・ヴェローゾ、エディ・パルミエーリ、オーガスタス・パブロ、そして嘉手苅林昌。こうした人たちの音楽にどれだけ力をもらい、幸せな時間を過ごさせてもらったことでしょう。『ラティーナ』はそうした音楽へのよい入口になると思います。
(宮地)

追記
 もし『レゲエ・マガジン』のバック・ナンバーをお持ちで御不要の方がいらっしゃいましたら、御連絡ください。

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1988年、平和祈念公園の午後、わっしのテレコはたしかに O のマーヴィン・ゲイを唄っていた。


キャンプに行って来ました。茨城県山方町、久慈川の河原は天気よく、涼しく空気がよくて、ビ−ルを飲んではまどろんで、心からリラックスできてとてもよかった。
行きつけの‘とん鈴’常連(総勢11名)で行って来たのだけど、やや過度な個性的人間の集まりなもので、そのドタバタぶりも含めて、おおいに楽しんでおりました。
ところが翌朝(つまり昨日の朝)、父親から電話があって、母親の様子が少し変だという、急きょ神原とわっしの実家へUターンとあいなりました。(駅まで車で送ってもらって水郡線というロ−カル線に乗ったのですが、駅は無人駅だし列車は2両編成でのんびりと走って、これまた気持ちがよかった。当然頭の中のメロディーは‘世界の車窓から’。不謹慎かしら。)
さて、山崎母録。どうやら少しボケてしまったよう。しっかりしてる合間に突然目玉がきょろきょろとあちこちに走り出したかと思うと、わけのわからないことを口走りはじめるようになりました。でもまだしっかりしている時間の方がぜんぜん長いんですけど(でもしっかりしてると病気の痛みや苦しみがきついので、それはそれでかわいそうなのだが)。
ところで、先月介護保険の重度が3から4になったのですが、こないだ早くも最高の5に認定してもらえました。また少し介護を増やせるので、助かります。
さあ、あそぶぞ〜、もとい、仕事するぞ

(山)

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 今日は8月6日、かつて広島に原爆が落ちた日。56年前のことです。

 10数年前、まだ学生だった頃、毎年この日は広島に行っていました。途中抜けた年もあるのですが、都合5回ほど足を運んだように記憶しています。当時僕の生活の中心であった「世界のこと、世の中のことを、いろいろ知り、学び、考える」という主旨のサークル(大学はバラバラ、元ベ平連の予備校講師が主宰していました。いまはもうありません)の夏休みの恒例行事が、8月6日に広島に行くという『ヒロシマ・ツアー』だったためです。平和祈念式典に参加し、原爆資料館を廻り、被爆者の人たちの話を伺い、灯篭流しを見ました。そして様々なことについて議論しました。
 ちょっと繁華街を外れて住宅地の方に入ると、この土地の多くの家にとってはこの日が親族の命日であることがわかります。そんな中、僕たちのようなよそ者が大勢でやってきて、わいわいやっている(ように見えたでしょう)というのは、今思えば「なんだかなぁ」という部分もあります。でも当時、僕(や、おそらくは一緒に参加した友人たち)が抱いていた思い(ひとりひとりの行動が集まれば少しずつでも世界は変わるのではないかという期待のようなものです)もそれなりに真剣なものだったのです。最近特にそう思います。
 8月6日の広島はいつも晴れて強い陽射しが照りつけていました。 今日東京は一日中曇っていましたが、広島はどうだったのでしょうか。あれは2度目に行った時ですから1988年の8月7日のことです。ツアーそのものは昼過ぎに解散し、その後は仲のいい連中10人ほどと平和公園でのんびりしていました。この夏はマーヴィン ・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』をよく聴いていたのですが、その時も誰かのラジカセから彼の歌声が流れ出しました。見上げると空はとても青く広々としていて、曲が進んでいくごとにどんどん開放的な気分になっていき、このアルバムに込められた彼の思いがすうっと、からだ全体に入ってきました。それ以来、このアルバムを聴くと広島(あるいはヒロシマ)についての様々なことが思い浮かびます。僕がかつて抱いていた思いのいくらかを今でも持ち続けているとすれば、それはそれが僕のなかでマーヴィン・ゲイ(や後に耳にすることになるカーティス・メイフィールド)のメッセージと自然なかたちで結びついているからでしょう。

 
 さて、今日の夕方、その頃の友人がお店に来てくれました。彼はいつもじっくり本を見ていってくれるのでカバンを預かるのですが、今日はやけに重たかったので、最後会計の時にいったい何が入っているのか何となく訊いてみました。 答えは本でした。でもそれはただの本ではなくてフリーのジャーナリストである彼の初めての単独での著作なのでした。それがたくさん。という訳で、さっそくうちでも委託で取り扱うことにしました。では紹介します、粥川準二!!!

 宝島社新書 『人体バイオテクノロジー』 粥川準二 著 800円

というのがその本です。しばらくはレジの前のあたりに置いておくので、興味のある方は手に取ってみてください。僕自身はこの分野に関しては全くの門外漢で、内容についてどうこうは言えないのですが、正義感の強い信頼できる男です。

 最後に今日品出しした中から1冊。

 白夜書房 『ザ・ビートルズレポート』 竹中労 編著 1000円

 もともと『話の特集』の臨時増刊として出たものの版元を代えての再発版。1982年に出たものです。この後、再び『話の特集』バージョンで復活したはずです。では。

(宮地)

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 涼しいとお客さんがたくさん来てくれるので、楽しく仕事が出来ます。

 昨年の暮、『ウォーター・マガジン』を出しているサンライト・ラボという出版社が企画している朗読会に、宮地とふたりで出掛けました。そこは、毎週サンライト・ラボが開いている「文章を書く、人に伝える」などをテーマにしたワークショップに参加している人たちの、発表の場でもあります。
 そこで出会った人たちが、うちの店にも来てくれるようになりました。

 今日もひとり来てくれました。自分で作った2冊の本を携えて。
 その2冊には、彼女の純粋でまっすぐな視線で物事の真実を捉えようとする姿があった。1冊めには日常のこと、子どもの頃のこと。2冊めは「バングラディシュ紀行」と題されまるごと1冊、バングラディシュが詰まっていた。「アジアが好きなんです。」と言う彼女の文章を、気が付くと夢中で追っていた。
 旅先で、飾らず、ひたむきに生きる人たちに出会い、無性に愛おしさを感じる。わたしにも同じように大切にしている経験があり、その時自分のなかに芽生えたあたたかな感情は、今でもはっきり憶えているし、確実に生き続けている。
 
 彼女の澄んだ文章が、自分の旅での様々なことを思い出させ、また何となく引っかかりがあるけど、そのままにしてきた日々のことを気付かせてくれました。
(アオキ)

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降りそうで降らない雨を待ちわびるここ数日ですが、明日あたりは降るのかな。
明日はこれまた待ちに待ったキャンプなんだけど・・・。
(神)



 今日は、特にこれといったことのない一日でした。品出しした本のなかにも、これといったものはありませんでした。昨日、神宮球場で見せられた、悪夢のようなペタジーニの逆転サヨナラ・ホームランのショックから立ち直れていなかったのかもしれません。いずれにしても今年はもう神宮に行くことはないでしょう。

 さて、そんなこととは関係なく、最近レジにいて気になることがあります。

「これ、何円ですか?」

という台詞が、それです。小学生と思われるお客さんに特に目立ちます。こんなことを言うと何だかひどく歳を取ったような気になりますが、美しくない日本語だと思います。この台詞が発せられる度に、胸のあたりがむずむずして居心地の悪さを感じます。

「いくらですか?」

と、訊いてほしいものです。

(宮地)

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本日、落語関連久々にまとめて品出ししました。その一部。

『増補 落語全集 上中下 今村信雄編』 金園社 3册¥5000
『江戸芸能落語地名辞典 上下』 北村一夫編 六興出版 上下¥6000
『わたしの寄席』 安藤鶴夫著 雪華社 ¥1200
『落語無頼語録』 大西信行 芸術生活社 ¥1500
『落語系図』 名著刊行会 '65限定1000部のうち557号 ¥8000
 
また、水声社のシュタイナー関連本を新刊で5册入荷してみました。値段はすべて新刊定価の税なしで以下のとおり。

『人智学の死生観 人智学からみた人間の本質、その死と運命』 
      ワルター・ビューラ−著 中村英司訳 ¥2000
『メルヘン論』 ルドルフ・シュタイナー著 高橋弘子訳 ¥2000
『メルヘンの世界観』 ヨハネス・W・シュナイダ−著 高橋明男訳 ¥2200
『幼児のためのメルヘン』 スーゼ・ケーニッヒ著 高橋弘子訳 ¥1800
『日本のシュタイナー幼稚園』 高橋弘子著 ¥2000

それから本日のセール品の追加分
★昭和30年代(32〜39年)の「演劇界」¥300→¥100に値下げしてカゴ出ししました。

(神)

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 7月「猛暑は古本屋にこたえる」ことを思い知らされました。記録的な連続猛暑でしたが、あの暑さが秋まで延々続きそうな気がして、ほうろうも干上がっちゃうよ・・・と半泣きでした。
 このところ、合間に少しだけ過ごしやすい日が入るので、持ち直しています。
 ま、ビール飲んでゴロンと横になって、青い空にぽっかり浮かぶ雲でも眺めながら生活できれば、暑いのも悪くないんだけどね。

 今日、神原は店内をセールカラーに染めるべくチラシを貼る作業、宮地と私はそれぞれの品出しに、みな黙々と精を出しました。

その中から2冊。 
 染織と生活社 季刊『染織と生活』 特集:津軽こぎん/南部菱刺  '77 春号 1000円
 INAX BOOKLET『オランダ・タイル 正方形の美術』 INAXギャラリー 800円

セールは、
 ★建築、インテリア、ファッションの大判を50%OFF

を奥の棚で始めました。(アオキ)

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本日より、静かにセールを始めました。(経費節約、告知なしのいきなりセール!!!)
今月いっぱい(8/28まで)やっていますので、お暇な時に覗きにきてください。

★美術書多数、特設コーナーにて50〜70%OFF!
★少年少女コミック全品50円引き、コミックセットもの1割引き(除外品有り)

その他もつぎつぎ放出しながら、みなさまのご来店お待ちしております。
(アオキ)

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