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日々録   2005年7月

近藤十四郎ソロライブ、第一夜は60名近くのお客さまがお越しくださり、大盛況のうちに終了しました。
ご来場くださったひとりひとりのお客さま、飛び入りで参加してくださったご近所のベース弾きの方、どうもありがとうございました。

見逃してしまった方、8/13(土)もありますので、是非ご来場ください。もちろん!あの興奮をもう一度味わいたい方も大歓迎!
近藤さんも第二夜に向けて、早速動き始めてます。

取り急ぎ、ご報告とお礼まで。

ひさしぶりに、お酒たくさん飲んでしまいました。
(ミカコ)

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こんばんは。
いよいよ明日です。近藤十四郎ソロライブ
「俺のすべてを出す。」

スタッフ一同、みなさまのご来場を心よりお待ちしております。


さて、土壇場ですが、ひとつ宣伝。
学生時代の友人が、ギャラリーを始めました。
本日オープン。祝!

古いアパートの壁をぶち抜き、いい雰囲気の空間を造った模様です。
「J:あけぼの荘」です。
場所は、群馬県の伊勢崎です。この夏、そちら方面にお出掛けになる方も、
あてのないドライブに出る方も、是非とも立ち寄り先に加えてください。
お茶くらいは、お出しできると思います。(笑)

それでは、どちらもよろしくお願いします。

(ミカコ)







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今日出した本のことなど>
 昨日に引き続き、「競馬・野球・サッカー・鉄道」棚のテコ入れ。海外の野球小説文庫を少々出したほかは、鉄道本中心の品出し。なかでもとっておきのおすすめは、『日本鉄道名所』全8巻。宮脇俊三さんが「編集委員のことば」で、わかりやすく説明してくださっているので、まずはそれを引きます。

 鉄道の建設は地形とのたたかいでもある。とくに勾配が難敵であった。建設者たちは、トンネル、鉄橋で真正面から取り組み、あるいは、さからわずに遠まわりするなど、数々の苦心を重ねながら日本の鉄道網を編んできた。私たちが、なにげなく平面的に乗っている鉄道も、そうした苦心を知れば、まったく新しい三次元の視角で楽しむことができる。
 線路縦断面図を満載した本シリーズは、それを満たすための立体的な鉄道名所図会である。

 で、線路縦断面図というのは何かと言えば、「鉄道を立体的に表現した」もので、「勾配のみならず、曲線、橋梁、トンネル、停車場、他線の乗越しなど、施設に関するほとんどすべてのデータが盛り込まれている」表です。そして、これが、国鉄全線分(一部私鉄も)載っていて、なおかつ詳細な解説に豊富な写真も付き、さらに宮脇さんの紀行エッセイや窪田太郎氏による「海外編」といった読みものも満載、というのが、この『日本鉄道名所』全8巻というわけです。

 この8冊は、鉄道ファンにとって、なかでも実際に列車に乗ることが好きで、乗っているその時間にこそ幸せを感じる、という人々にとっては、一生の宝物となりうる本です。そして、各巻巻頭の紀行文のなかで宮脇さんがそうされているように、この本と、出かける場所の二万五千分の一の地図を持って列車に乗れば、そんな幸せな時間をより楽しむことができるでしょう。このシリーズは、僕が日本各地の鉄道に乗りまくっていた時期の少し後で出ているので、実際にそういう旅をしたわけではありませんが、読んでいるとどんどん興奮してきて、今すぐにでも出かけたくなります。というわけで、本当はあまり売りたくないのですが、ほうろう開店以来最高に充実した鉄道棚を祝して、涙を飲んで出します。お買い求めの方は、ぜひ大事にしてやってください。

 ひとつ補足。宮脇さんの本はほとんど読んだという方でも、こういうなかに収録されているものは、意外と読まれてないのではないでしょうか(全集には入っているのかもしれませんが)。第2巻「東北線 奥羽線 羽越線 」のなかの「板谷峠から折渡トンネルへ」から、一部引きます。

 幾度でも乗りたい区間、もっと強く言えば、人を病みつきにさせる鉄道の名所がある。(中略)この巻が扱う東北地方にも、陸中大橋のヘアピン=カーブ(釜石線)、面白山トンネル(仙山トンネル)とその前後(仙山線)などいくつもあるが、私としては、奥羽線福島―米沢間の「スウィッチ=バック駅の四連続」にいちばん惹かれる。(中略)
 さいわい、この区間は私の住む東京からわりあい近い。東北新幹線が開通して、さらに便利になった。病みつきになりたくても北海道や九州では意のままになりにくいが、米沢までなら手近だ。だから何かにつけて福島―米沢間に乗る。仙台に行くときでも回り道をして乗る。今年も二月に乗った。(中略)
 列車の編成は意外に長く、七両もつながっていた。
 スウィッチ=バック駅に出入りする列車の場合、何両目に乗るのがよいか。前進のときは最前部、後進になれば最後部、というように席を移せばスウィッチ=バックを最大限に楽しむことができるが、いくらガラ空きとはいえ、車内をあわただしく行き来するのは面倒なので、後進で駅に入る赤岩と板谷まではうしろから二両目に坐り、配線が逆になる峠と大沢では前部に席を移すことにする。

 宮脇さんというと、「文章の上手さ」や「上質のユーモアに包まれた文明批評」などといったことがよく言われるわけですが、鉄道ファンの多くが彼をここまで愛するのは、この「回り道して」まで何度でも乗りたがり、「何両目に乗るのがよいか」真剣に考え、実行する、という部分がまず根っこにあるからです。今さら僕が言うことでもありませんが、久しぶりにその文章を読んで、共感を新たにしたので(10代の半ば頃、宮脇さんの本で板谷峠のスウィッチ=バックのことを知り、それこそ毎晩、自分もそこを訪れることを夢想したものでした)。

(宮地)

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<競馬・野球・サッカー・鉄道>
 台風来襲ということで、出勤前から「品出し、品出し、品出し日和」と気合いが入っていました。台風の方は肩透かしに終わったものの、お客さんも早々と家路に着かれたようで、予想通り終日暇。おかげで延び延びになっていた「スポーツと乗りもの」の棚のリニューアルを、ある程度かたちにすることができました。
 先月の店内の配置換えで場所だけは移していたのですが、以前のままだった棚の中をきちんといじりました。具体的には、これまで「競馬・スポーツ・乗りもの」だったなかから、自動車、飛行機、船、あるいは相撲、プロレス、ラグビー、バスケットといったあたりを思い切って削りました(ボクシングは残しました)。自分が本当に愛情を注げ、なおかつ人並み以上に知識もあるものに対象を絞ることによって、これまでよりも面白い棚にできるのでは、と思っています。
今日のところは、とりあえずその器ができた、といったところです。これまであった本を取り除く作業が主だったので、新たに出したものは少なめ。ほとんど鉄道本でこんなラインナップです。

(宮地)

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<「群像」>
 '74年から'85年までの「群像」を100冊出しました。全部100円です。
 
 入ってきたなかには、村上春樹が「風の歌を聴け」で新人賞を受賞した号も含まれていたのですが、それはすでに品出し済み(あっという間に売れました)なのでありません。でも、高橋源一郎の「さようなら、ギャングたち」が優秀作として掲載された号なんかもありますし、藤枝静男や小沼丹などの作品が載ってる号もあります。100円文庫を買うつもりでいかがでしょう。ちなみに期間は今日から一ヶ月間のみ。10冊も売れてくれたら万々歳なのですが。

 なんてことを、たまたま遊びに来ていた小森くんに話したら「一冊も売れないでしょう」という厳しいお言葉をいただいてしまいました。でも、処分するにはちょっと忍びないのですよ。さて、結果は如何に。

(宮地)

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北村宗介さんのパフォーマンスは、とても刺激的でした。
はじめの一文字の筆を入れる前の緊張感と、そのあと一息で書き上げていく様を、ギャラリーも息を止めて見ていました。
当日は、店入口の上と、古本の看板に北村宗介さんの勢いある字が掲げられます。

近藤十四郎さんが、閲覧用の『HEAVEN』と『陽炎座』パンフレット、バカズのレコードを持ってきてくださいましたので、ご希望の方は、店員までお気軽に声を掛けてください。懐かしむ方も、初めての方も、この機会に是非。

(ミカコ)


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 近藤十四郎さんのライブが、いよいよあと10日と迫ってきました。今回は全体のプロデュースを相生座さんがなさっているので、これまでの自前のイベントに比べるとするべきことは少ないのですが、それでも店は着々と十四郎バージョンに模様替えされつつあります。

 ひとつはショーウインドウ。昨日から、編集者&デザイナーとしての「近藤十四郎の仕事」の展示をはじめました。編集長もされた伝説の自販機本「HEAVEN」(たまによその古本屋でみかけるとびっくりするような値段がついています)や、近藤さんご本人が「僕の編集者としての……人生最大といっていいかなあ、快作ですよ」と語っている、映画『陽炎座』(鈴木清順監督)の豪華パンフレット、また最近の装丁の仕事からは、根津の飲み屋「アルタイ」のママ(それ以前は谷中「バオバブ」のママ)鶴岡美直子さんが実父の画家鶴岡政男の生涯を描いた『ボタン落し』などもあります。ほうろうから近藤さんにお願いして蔵出ししていただいた貴重な品々ゆえ、残念ながら展示のみで直に触れていただくことはできませんが、ご来店の際はぜひご覧ください。また、自販機本全盛期からアダルトビデオ黎明期にかけての編集者時代を語ったロング・インタビュー掲載の「Quick Japan」13号を、本日より店内で閲覧できるようにしました(前述の近藤さんの発言はここから引きました)。興味のある方は、お気軽にスタッフまで。

 もうひとつは「動く本棚」増設。定休日の一昨日、新たに4棚分に車輪を付けて、これまでの8棚に加え、合計12棚が押せば動くようになりました。実際に見ていただくとよくわかると思うのですが、先月の店内リニューアルは、これも見越しての配置換えで、移動後の雰囲気がこちらの思惑通りだと、ライブ当日はこれまでのイベント時よりも、より良い環境で多くの方々に楽しんでいただけるはずです。

 あと、最後にプレ・イベントの告知を。今度の日曜日、7月24日に、書家の北村宗介さんをお招きして、ライブ当日店の外に掲げる垂れ幕に文字を書き入れていただきます。16時頃より、店の前で行いますので、お近くの方は散歩がてら覗きにいらしてください(雨天の場合は日時を延期する場合があります)。北村さんは宮部みゆきの最新刊『孤宿の人』の題字を揮毫されている方で、近藤さんとは行きつけの飲み屋を同じくする仲です。

(宮地)

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家の朝顔が咲きました。一輪目は紫でした。
今年は夕顔も育てています。こちらはまだ咲いてませんが、蔓は夕顔の方がぐんぐん伸びていて、しかも棘が生えてくるんです。頑丈さがちょっとコワイ。花には独特の芳香があるのだそうで、きっと虫やら動物やらが寄ってくるのでしょう。

早いもので、駒込大観音「ほおずき千成り市」から一週間が経ってしまいました。
土曜日は予報よりも早い雨粒に、出店者たちはみな天を仰ぎましたが、境内の人波は絶えることなく、信じられないような賑わいが続きました。

さて、萬福亭チキンライスは如何に。
初日は準備に手間取り昼に間に合わず、年配の方が多い午後の時間帯には見向きもされずで、あぁ、私は無謀な冒険をしてしまった、なんでこんな説明しづらいものを作ってしまったんだろうと、わが家の冷蔵庫の野菜室を占領してしゃべるピーマンたちを思い浮かべては項垂れ、土曜日の分が売れ残ったとしても日曜日用に注文済みの8キロの肉が待っているのだ・・・と、途方に暮れました。
しかし、小森くんが先陣を切ってくれ、守本さんが風穴を広げてくれ、宮地と、隣で大連餃子を売ってた絵加さんの呼び込みのおかげで、夕方になってからぽつぽつとお客さんが増え、気がつけばどうにか用意した分は全部売り切れたのでした。(実は前の晩の仕込みで、大蒜と生姜のすり下ろしがあまりにも指への刺激が強くて大変で、不覚にも泣きが入ってました。)
食べてくださったみなさん、本当にどうもありがとうございました。あんな風にたくさんの量を作って人に食べてもらったのは初めてのことでしたので、何人もの方においしいと云ってもらえたのは、とても嬉しかったです。
仕込みを手伝ってくれたお隣のご夫婦、幼なじみにも感謝です。そして、大きな炊飯器を貸してくださったエナジーハウスのみなさん、ほんとうにどうもありがとうございました。
近日中に、レシピをほうろうの食の棚に置きますのでよろしければお持ちください。日々録にも後日アップするつもりです。
萬福亭でいっぱいいっぱいでしたが、川嶋信子さんのまるで異界に飛び込んでしまったかのような妖気さえ漂う薩摩琵琶には、心奪われてしまいました。素敵でした。

今年は初めての土日開催となったこと、7日の読売新聞に載ったことなどが要因となったこともありますが、年々少しずつ枝葉を伸ばしてきてところに、今年は一斉に蕾がついたような華やぎのあるお祭りになったと思いました。

最後は毎年恒例となった、締めの真砂市場の「魚寅」さんたちによる魚河岸太鼓が夏の到来を告げ、今年のほおずき市も無事終了したのでした。
(ミカコ)

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<訃報>
 エド・マクベインさんが亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りします。
 
 正直、ぼくはこの人のよい読者とは言えないのですが、きっとこちらで追悼の文章が書かれているのではないかと覗いてみたら、やっぱり出てました。明日と明後日のほおずき千成り市(萬福亭チキンライスよろしく)が終わったら時間ができるので、ぜひ読んでみよう。


<本日の目次>
 スコアブック『サニーデイ・サービス・ベスト』

 当時店でもよくかけていた初期のサニーデイ・サービスの譜面です。パラパラ見ていたら懐かしくなったので取り上げてみました。ぼくが彼らを聴くようになったのは、ファースト・アルバム『若者たち』のジャケットに惹かれたからですが(そういう人はたくさんいますよね)、単にジャケ買いしたのではなくて、当然裏面に印刷された曲名にもひっかかったんだよな、なんてことを、収録曲一覧を眺めながら思いました。彼らはうちの店のお客さんには人気があり、前から曽我部さんの本は出せばすぐ売れていたのですが、12月に始めた中古CDもやっぱりよく動きます。買い取りも歓迎していますので、どうぞよろしく。

 では、以下、目次です。


CONTENTS

◎SPECIAL INTERVIEW ―3
 曽我部が語る ソングライティング
◎LOOKING INTO THE SONGS ―4
 曽我部自身による収録曲の解説
◎SEEKING FOR THE MUSIC ROOTS OF SUNNY DAY SERVICE ―6
 サニーデイの音楽的ルーツを探る
◎THE BEST 5 ALBUMS SELECTED BY EACH MEMBER ―8
 メンバーが聴いていた愛聴盤5選
◎SOME SECRETS ABOUT THEIR PLAYING STYLE ―12
 メンバーが語る演奏ポイント
◎INSTRUMENTS THEY HAVE GONE THROUGH ―14
 使用楽器遍歴
◎DISCOGRAPHY ―16
 ディスコグラフィ
◎収録曲
 1.「いつもだれかに」 ―17
 2.「素敵じゃないか」 ―24
 3.「田園風景」 ―32
 4.「若者たち」 ―43
 5.「東京」 ―51
 6.「恋におちたら」 ―54
 7.「会いたかった少女」 ―61
 8.「あじさい」 ―72
 9.「いろんなことに夢中になったり飽きたり」 ―82
 10.「忘れてしまおう」 ―93
 11.「白い恋人」 ―102
 12.「雨の土曜日」 ―110
 13.「週末」 ―117
 14.「サマー・ソルジャー」 ―132
 15.「ここで逢いましょう」 ―145

監修 サニーデイ・サービス

(宮地)

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南陀楼綾繁さんが編著、および膨大なコレクションを提供した、できたてのほやほやピエ・ブックス『チェコのマッチラベル』を持ってきてくださった。
本から溢れてこぼれそうな膨大な数のマッチラベルは、南陀楼さんが数年前初めて訪れたプラハでたまたま個人のコレクションを譲り受けたのだそうだ。(偶然とはいえ、スゴい出会いです。)
さっそく本を開くと、配色とか絵柄とかが、センスがあるし、どことなくユーモラス。
それぞれ絵柄の内容によってグループ分けしてあるのだけど、頁がすすむにつれ、あれ、どこかヘン。普段目にするマッチラベルとどこか違う。
さて、何がヘンかというと、カフェーとか、BARとか、お店の名刺代わりの絵柄ではなく、「農業向上提案」とか、「子どもを危険から守りましょう。」とか「衛生管理をお願いします。」という具合に、これまであまり目にしたことがないような、メッセージ性のあるものがとても多いのだ。
夢中になってひととおり図版を見た後に、南陀楼さんの序文を読むと、やはりそうか、これが社会主義国ということなのか。と、複雑ながら納得。これらのマッチラベルが発行されたと思われる1950〜60年代は、まだ「チェコスロヴァキア共和国」であり、現在のチェコ人にとっては苦い記憶を呼び覚ます絵柄でもあるのだそうだ。

しかし、これらが南陀楼さんの手に渡り、今こうして日本で眺められるのは幸せです。ほんとにすばらしい。
来週には店頭に並ぶそうです。詳しくは、南陀楼綾繁さんのブログ「ナンダロウアヤシゲな日々」を、ご覧ください。
ほうろうにも入荷したらこちらでお知らせします。これで、2200円(+税)は、お買い得です。
9月に開催予定の、根津の「カフェNOMAD」での「チェコのマッチラベル展」(仮題)も待ち遠しいです。
(ミカコ)

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<今日出した本のことなど>
『漫画家残酷物語』永島慎二

 店に出勤して新聞を眺めていたら、永島慎二さんの訃報が飛び込んできました。6月10日にお亡くなりになったそうです。追悼の気持ちを込めて、小学館文庫版の『漫画家残酷物語』を店頭に並べました。長らく出し惜しみしていたものですが、もっとも好きな作品のひとつをこういうときに出すことができたのは、よかったです。

 ぼくが永島さんのことを知ったのは、ちくま文庫版の『フーテン』が出たときですから、学生の頃。わりと遅めです。もっと早く読めれば良かったですが、遅くなり過ぎなかったことは幸運でした。高校のときの友人に漫研で部長をやっていた男がいて(後で訊いたら当然良く知っていました)、当時いろいろなマンガを教えてもらったので、まあその頃出会えた可能性もあったわけですが、贅沢は言えません。筑摩書房には感謝してます。

『漫画家残酷物語』は『フーテン』とともに、数えきれないほど繰返し読んだ作品です。絵やコマ割りの完成度、および時代背景も含めて考えると『フーテン』の方がより好みですが、『漫画家残酷物語』のなかのいくつかのお話も、それ以上に大切なものとして自分のなかにあります。

 先月、久しぶりに阿佐ヶ谷に行ったとき、永島さんゆかりの焼き鳥屋の前を通りがかったのですが、まさか亡くなられているなんて思いもしなかったです。作家としては引退されているような状態でしたから、そういう意味では、たとえば隆慶一郎のときのようなショックは正直ありません。でも、感謝とご冥福をお祈りする気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。合掌。

<今日店でかけたCD>
『ジュバ・リー』マリオン・ブラウン

 上記の文章を書いている間、これをかけていました。1966年11月、ニューヨークで録音されたフォンタナ盤。マリオン3枚目のソロ・アルバムです。制御された混沌のなかを美しい断片が飛び交う傑作(ヘタクソな表現で申し訳ないです)。発売当時買い損ない、以来ずっと探しているのですがなかなか見つからず、今は北区立図書館で借りています。永島さんの作品に登場するジャズ喫茶や、クスリでみんながラリっちゃってるパーティーの場面なんかを思い起こさせます。

(宮地)

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<今日出した雑誌>
「話の特集」7冊(昭和48年〜49年)

 ひと月ほど前に買って、すぐに出すつもりだった黄金時代の「話の特集」。でも「どうせ出すのだったら日々録で何かコメントしなきゃな」と思い直し、結局ただ品出しされないだけ、という状態に陥っていました。こういうことをしていると、そのうち置き場所もわからなくなってしまい、永遠に日の目を見なくなってしまうので、出しちゃうことにしました。以下、コメントというよりは覚え書き。

 まず、「小林信彦のコラム」が連載中。品出しした107号が最終回で、「編集前記」によると「今年いっぱいで各雑誌のエッセイの連載を全てやめて、来年からは小説に全精力を傾けると、意気軒昂」とのこと。「編集前記」はその号に携わった人たちの顔写真と近況が載っている楽しい企画なのですが、この号の小林信彦の写真は、そんな意気込みが伝わってくる無精髭ボウボウの凄まじいものです。荒んでいるようにも見えますけど。

 ほかの連載も素晴らしい顔ぶれ。目に付くところから挙げていくと、大西信行の「落語無頼語録」(イラストレーション=山藤章二)、小沢昭一の「小沢大写真館・人物アルバム」「同・新アタシカメラ」、竹中労の「“汎”アジア幻視行日録」、虫明亜呂無の「ハルシュタットへの使者」(イラストレーション=石岡瑛子)などなど。

 あと、表紙は昭和49年から横尾忠則で、本屋さんによってはそのあたりのものには高値を付けているところもありますね。確かに全部見てみたいという誘惑には駆られます。でも、個人的には、矢吹申彦、湯村輝彦、河村要助という100%STUDIOの面々の仕事の方に興味があります。あれこれ楽しそうになさっている様子が窺えたのが収穫でした(要助さんは、94号から本文のレイアウトもなさっていたようです)。

 ここまでに挙げたもの以外にも、杉村春子と黒柳徹子の対談だとか、藤竜也の短篇「ストレンジャー・ブルース」、上村一夫の「恍惚大首繪」に、和田誠の「雨降りだからヒステリーを起して書いた掌編」と、単発の面白そうなものもいろいろあるのですが、キリがないのでこの辺で。

(宮地)

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今週末9日(土)、10日(日)は、団子坂上の大観音で「ほおずき千成り市」があります。復活して5年、ずいぶんと賑やかになりました。

それでもまだまだ知られていないのも実情。そんな方のためにちょっと説明。
谷根千の地元、住所で云うと向丘になるのですが「水族館劇場」がテント芝居を興行している団子坂を上がった先の光源寺には立派な観音堂があります。余談ですが、江戸切絵図にも載っているので、ほど近い今の自分のマンションの位置を探る時の目印にしています。
お堂の中では駒込大観音と呼ばれる金色(こんじき)の大きな観音様がちょっと怖いようなお顔で参拝客を見守っています。戦災で消失しましたが平成5年にお檀家さんたちによって再建されたそうです。

毎年7月の9、10日は四万六千日といって、この日に観音様をお参りすれば四万六千日分のご利益を得られるのだそうです。便利な日です。もともとほおずき市は、民間薬として重宝するほおずきを6月の千日詣りの日に愛宕神社が売ったのがはじまりのようです。四万六千日とか千日詣りとか、先人の発想にはユーモアがあります。
ともあれ、浅草や愛宕神社に出向かなくても、下駄つっかけて行けるところでそんなご利益をいただけるというのは、けっこうラッキーです。お灯明を灯すと、普段は入ることのできない観音堂の中にも入ることができ、間近で観音様の背中を見上げてみたり、ひんやりとして白い壁に囲まれたお堂の中に佇むと、日本のお寺というよりもアジア的な開放感があり、しばし俗世間から切り離されたような気分になります。

光源寺の大観音(地元に生まれ育った方々は「大観音」と呼んで親しんでいるようです)でも、以前はほおずき市があり縁日も出て大層賑わったそうなのですが、テキ屋さんは不景気とともに年々減り、終いには一軒もお店がなくなり寂しい状態が何年か続いたそうです。
そこで、お寺の奥さまが中心になり、せっかくの大切な日に賑やかなお祭りを復活させ、地元、遠方に限らず人の縁を繋ぐ場にしたいと、ほおずき千成り市と名付け復活させたのが5年前のことです。その時に、たまたま駅のポスターでお手伝い募集を見付け、以来宮地と私も応援団となり毎年参加するようになりました。
ちょうど梅雨時ですから、大雨に見舞われたり、かと思うと、極暑の中ほおずきを飾り付けながら意識が朦朧とした年もありますが、屋台も何もかも全て集まった人の心意気でつくっているお祭りは、お手伝いや、自作の小物を売るお店を出す人、パフォーマンスなどの参加者が年々増え、賑やかになってきました。そう、水族館劇場の方々もこのお祭りの縁の下の力持ちです。屋台の骨組みや、ほおずき小屋の作成など素人ではなかなか手の出せないところを、独特の雰囲気に仕上げてくれています。去年に引き続き、今年も輪投げ屋でも参加します。
夕暮れを待って繰り広げられる、舞踏、世界を放浪しているような摩訶不思議な音楽の演奏、和太鼓などのパフォーマンスは何とも幻想的で、このお祭りでしか味わえない無国籍な浮遊感に、ほおずきを売る手も止まってしまうほど昂揚します。
いろいろな才能が集まって、それぞれがまた繋がって次に広がる、そんなお祭りです。

私たちは(2年前に「台湾味玉」なる烏龍茶の煮卵をひっそりと売ったことはあるのですが)、今年は食べもの屋台「まんぷく横丁」の一員として参加します。
タイカレーを作るつもりで名乗り出たものの、煮込みに適さないタイ料理。試作で茄子が煮くずれてしまい、かといってタイカレーには茄子がないのは私の好みからすると寂しいし、タイの茄子マクア・タイは高価で手が出ないし、で、試行錯誤の日々がが始まりました。
ヒントを求めて阿佐ヶ谷のタイ料理屋「ピッキーヌ」へ久しぶりに足をのばしたり、本屋に寄ってはタイ料理やインド料理の本を立ち読みしたり、終いにアジアの混沌に陥り、ようやく一週間前になって、ちょっとタイ風の鶏ぶっかけ飯なる、名付けて「萬福亭チキンライス」が出来上がりました。とりあえず、ふぅーっ、です。でも、いつもふたり分しか作らないのに、100人分作るのは不安です。
どんなものかというと、大蒜、生姜、ナンプラー風味でピリ辛に炒め煮にした鶏を、ガラスープで炊いたご飯にかけて食べます。見た目はあんまり上品じゃないけど、きっとビールが美味しくなります!宮地とタイのサムイ島で、毎晩飽きずにシンハービールとともに注文していた炒めもの(名前は失念)が出所です。
いろいろ悶々としている私の傍らでいつも優しく微笑んでくれたのは、世界文化社刊『一流シェフが手ほどきする人気の韓国&アジアごはん』('01、定価2700円)。入手しづらい食材の説明も豊富だし、作り方も写真がたくさん載っていて、実用的。まぁ、結局のところ完成したのは至極単純なメニューなんですけども。

雨でもほおずき屋と、食べ物屋台「まんぷく横丁」は開店してます。毎年人気のおこわや、焼きそば、お団子、今年初の大連餃子もありますよ。
谷根千工房さんは、子どもに人気の綿あめ、大人に人気の生ビール!
そして今年は、縁日につきものの金魚すくいの屋台も出まーす。
9日(土)、10日(日)は、ぜひお出かけください。

長くなってしまいましたが、最後にもうひとつ。
千駄木のブリック・ワンで13日(水)まで、「吉田朗『個人用御輿』展 ー今、わかちあえるだろうか-」という作品展を開催しています。樹脂で創られた不思議な形の個人用神輿。希望すれば、担がせてもらえます。
いいですよ、だんだん愉快な気分になってきました。そして、ほおずき市ではブリック・ワンを主催するダンスカンパニー、ノマド〜sとともに、個人用神輿が出前参加。
どんなパフォーマンスになるのかは、見るまで想像できません!
(ミカコ)

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6月の最後の週末、両親が仕事を引退した。
新橋で飲み屋をやっていた。私が幼い頃は、烏森口でトリスバー。バブルの地上げでトリスバーは売り、内幸町近くへ移り四人掛け三卓とカウンターの小さな店を構えから20数年。
食器類を買い揃えるため合羽橋に家族で行ったことや、家紋をデザインしたマッチ箱や、染め抜きの暖簾ができて父が嬉しそうな顔をしていたこと、開店祝いで(なぜだか)赤いトランジスターラジオをお客さんに配っていたのが、昨日のことのようなのに。
可愛らしい小学生だった弟も私も、紛うことなきおっさんとおばさんになってしまった。

子どもの頃は、水商売っていう言葉の響きが嫌いで、特にバーの頃は親の商売を言うのが何となく嫌だったのだけれど、いつの間にやら自分もすっかり酒飲みになり、飲み屋の大切さが骨身に沁みるようになった。
飲み屋にはそれぞれの空気があるから、たとえ娘でもお互い気を遣うので、あまり飲みに行くことはなかったが、6月に入って、何年かぶりに集まったいとこたちとみんなで両親の店で飲み、最後の週は宮地とふたりで飲みに行った。別れを惜しんでくれるお客さんたちを見ていて、両親の店もまた、誰かの憩いの場所として存在してたんだなぁと、今さら気付いてしみじみした気分になった。

宮地の両親も私の両親も自営業で、偶然にも今年それぞれが引退した。
自分も商売をする身となって、ひとつの仕事、ひとつの店をこつこつと続けることの大変さを感じる時には、それぞれの両親の背中がずっと先にあるような気がして、励みに思ったり、ずいぶん生意気云ったなぁ、と心を痛めたりしているのだ。

(ミカコ)

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