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日々録   2006年2月

[働けど、本出せず]

 久しぶりに早番で出勤。2月のシフト表の手直しをしたり(月末に古本酒場コクテイルで行われるイベントに参加することになったため)、最近CDの貸し借りをしているお客さんと音楽の話をしたり(リヒテルの弾くショスタコーヴィチ『24の前奏曲とフーガ』の話とか)、リスペクトレコードにタジ・マハールの新譜の注文をしたり(他にも『沖縄そば屋さんのBGM』などを)しているうちに、あっという間に13時。レジを神原と交替して、慌てて稲毛屋さんへ。大好物の照り焼き丼(大盛り630円)。

 ちょっと一服して、仕事再開。今度は、本を買って、掃除して、値付けして、棚に出す、という古本屋の基本を黙々と。この冬は、12月の買い取りが例年になく少なかったのですが、その分正月が明けてからも切れ目なく持ち込まれ、月が変わってもそれが続いています。年末はちょっと不安だったので、一安心なのですが、作業スピードが追いつかないため、店頭に置かれる在庫がどんどん増えていて、それが頭痛のタネ。
 月曜日に南陀楼綾繁さんの音頭取りによる飲み会があったのですが、そのときにも「ほうろうさんもちょっと前までは、店頭に在庫を置かない、とても珍しい店だったんだけどなあ」というような声を聞きました。僕たちも長いことそれは意識して、そこだけは守ってきたのですが、崩れるときはあっという間です。もっともその多くを抱え込んでいる張本人は、他ならぬ僕なんですけどね。

 そんな訳で、じゃんじゃん品出しなければいけないので、今日はいっぱい残業しました。ただ、小腹を満たすために小憩をとった後レジに戻ると、またしても買い取りの嵐や、こまごまとした事務的作業が押し寄せてきたため、結局あんまり本は出せませんでした。こんなときに限って、勝手に営業のファックスを送りつけてくる出版社があったりもして、そんなもの無視すればいいのですが、どうしても腹が立って、電話してしまったのも敗因。電話番号を調べる手間とか(卑劣にもファックスには書かれてません)電話代とか考えるとバカとしか言いようがないのですけど。

 結局ほぼ一日中働いて帰宅。楽しみにしていたサッカーのアフリカ選手権にチャンネルを合わせるものの(ギニア対セネガル。スカパーで生放送。解説は後藤健生さん)、たぶんこの強風のせいで画面の乱れがひどく集中できないので、途中で断念。だって、強い日差しが照りつけるスタジアムに、アフリカの民族楽器による心地よいリズムが響き、それに合わせるかのように選手たちが躍動しているというのに、10数秒に一度ぐらいの割合で、そこに松田聖子の『スイート・メモリーズ』が侵入してくるんだもの。そりゃいい曲だけど、いまは聴きたくないです。で、半ばやけくそのような気分で、これを書きはじめたのですが、なんだか妙に調子が良いなあ。

<今日店でかけたCD>
『ヴェデルニコフの芸術 10
 〜スクリャービン&プロコフィエフ』

 先日も記しましたが、知らないプロコフィエフの曲を勉強中。これは北区の図書館で借りました。収録されているのは「思考 作品62」と「ディベルティメント 作品43bis」。初期の小品に比べると、旋律の美しさや抒情といった特徴が表に出てこないため、正直取っつきにくい作品たちです。よって演奏される機械も少ないよう。でも、以前借りたときはほとんど受け付けなかったのが、今回はだいぶ馴染んできました。何回も何回も繰り返し聴いていると、あるとき急に曲が自分のなかに入ってくることがありますね。ただこの先もずっと聴いていく曲かといえば、そこは微妙。ヴェデルニコフの演奏は素晴しいと思いますが。
 ヴェデルニコフは、一昨日借りた『リヒテル』に、これでもかというくらい登場します。特に、コンチェルトからオペラまで、なんでもかんでもよくまあ連弾していること。ストラヴィンスキーの『オイディプス王』、プロコフィエフの『ピアノ協奏曲第5番』に、なんと『戦争と平和』まで!まるで、この世にに誕生したすべての新しい曲は残らずふたりでで弾いてみる、と考えていたかのようです。まだ「プロコフィエフ論」という章しか読み返していないのですが、その中に限っても前に通読したときにはピンと来なかったエピソードがたくさんありました(結局のところ、そのとき興味と知識に応じてしか頭には残らないのですね)。僕がふたたびプロコフィエフに入れ込むきっかけとなったのは、ある日偶然、最初のヴァイオリン協奏曲を聴いたからなのですが、リヒテルはこの曲についても以下のようなエピソードを披露してくれています。

 人に愛される作品、それを通してプロコフィエフその人も愛されるような作品といえば、私にとっては《ヴァイオリン協奏曲第一番》であった。それ以後、この曲を機縁にしてプロコフィエフの音楽が好きになったという人に、多数出会った。音楽が好きな人なら、この曲の魅惑のとりこにならずにはいられまい。この曲が与える印象は、春になってはじめて窓を開くと、いきなり通りのざわめきが飛び込んでくるときの印象にたとえることができる。この協奏曲が好きになったのは、ヴァイオリン・パートを知る以前である。アナトーリー・ヴェデルニコフが伴奏パートを練習するのを聴いていただけだ。それからというもの、プロコフィエフの新作を知るたびに、並はずれた昂揚と欲求のなかに身を置くことになる。

(宮地)

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2月2日付けメールにて
「クラシッククロスステッチ モダーンクロスステッチ 2冊揃い」の在庫のお問合せをくださったお客さまへ

申しわけございません。こちらは出してまもなく売れてしまっております。

何度かお返事のメールを送信したのですが戻ってきてしまいましたので、この頁にてご連絡いたします。

古書ほうろう 

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[一箱古本市の店主募集はじめました]

 本日より、第2回「不忍ブックストリートの一箱古本市」に箱を出してくださる店主さんの募集をはじめました。今月いっぱい受け付けます。昨年と違い先着順ではないのに、日付が変わったとたんに早速申し込みがあったりして、ちょっとびっくりしましたが、初日にまったくないというのも寂しいものなので、まあ安心しました。たくさんの方のご応募をお待ちしております。詳細はこちらの公式サイトをご覧ください。
 また、今年は、ネット環境のない方に対しても門戸を開き、往来堂書店、オヨヨ書林、古書ほうろうの3店舗にて受け付けます。こちらも準備ができ次第、店頭にてお知らせする予定ですが、今これを読んでらっしゃる方は、メールでご応募ください。

 告知をもうひとつ。本日発売の「編集会議」3月号にうちの店の記事が出てます(まだ現物は確認していませんが、載ってるはずです)。「本棚を、見に行こう」という見開きのコーナー。本屋さんで思い出したときなどに立ち読みしていただけるとうれしいです。
 この取材でうれしかったのは、ライターの方が文庫好きで、文庫新入荷棚の面出しを気に入って、写真入りで取り上げてくださったこと。あの棚を贔屓にしてくださっているお客さんはそれなりにいらっしゃるのですが、取材での反応はこれまではありませんでしたから。

 今日は雨で暇だったので、本当ならバンバン品出し、といきたいところだったのですが、実際はあれやこれやでほとんど本は出せないまま一日が終わりました。

 まず出勤の途中に鴎外図書館に寄って、館長の高橋さんにご挨拶。不忍ブックストリートMAP第2版への掲載について。今の鴎外図書館はもうすぐ閉館し団子坂を隔てた反対側に移転するのですが、そのことについてあれこれ教えていただきました。新規開館の日時は4月11日、新しい名称が「文京区立本郷図書館」、そして現在の図書館は「文京区立本郷図書館鴎外記念室」として、6月にリニューアル・オープンするとのことでした。
 新しい図書館は、わずかながら自宅に近く、また信号を渡る必要もなくなるため、利便性という意味では歓迎なのですが、「鴎外」の名前が消えること、そして何より、かつて漱石と鴎外が住んでいた場所であるという、何物にも代え難い空気のようなものがなくなってしまうのは、ちょっと残念です。照明の暗い、昔ながらの図書館の雰囲気を漂わせている建物も好きでした。

 出勤後は、いよいよあと一週間に迫ったAZUMIさんのライブのことで、当日上映する映画『地下の日だまり』の監督である小沢和史さんと電話で打合せ。簡単な段取りと、必要なものを誰が用意するかなどについて。今回はどれくらいお客さんが来てくださるのかまったく読めないので、ちょっとドキドキしています。今日みたいな天気でないとよいのですが。

<図書館で借りた本>
『リヒテル』ブリューノ・モンサンジョン(筑摩書房)

 鴎外図書館にて。たぶん3回目か4回目。ちょっとしたきっかけが重なって、去年の12月頃からプロコフィエフを集中的に聴いているのですが、その関係で調べたいことがあって借りました。アナトリー・ヴェデルニコフというピアニストについて、ライナーノーツに書いてある以上のことが知りたかったのですが、「確かリヒテルがあれこれ言ってたよな」と思い出したので。
 この本の後半部を占める「音楽をめぐる手帳」というリヒテルのメモ書きは、とても面白いですよ。例えばこんな具合。

1976年4月5日
 バッハのパルティータ演奏を課題にして自宅でささやかなコンクール。パルティータ全曲中もっとも素晴しいのは間違いなく変ロ長調の曲だ。
 アナトーリー・ヴェデルニコフ。完全にすべて弾かれたバッハ。何より音楽こそが第一。
 グレン・グールド。もっとも華麗な演奏、特徴ある音色。ピアニスティックな要素を第一義とする。(繰り返しをやらない、これはよくない。)
 ディヌ・リパッティ。栄冠は彼に。

1980年3月31日
 今、どうしてもやらざるを得なくて、自分が最近行った演奏会のテープを何度もくり返して聴いているところだ。どれが出来が良いかを決めなければならない。義務とはいえまったくうんざりする仕事だ。こんなことをしていると音楽への愛情だって萎えてしまう。
 私はいつだって技術というものを嫌悪してきたし、向こうは向こうで御同様だった。われわれは互いに犬猿の仲で、その板挟みの犠牲者が音楽だ。

1984年7月4日
 プロコフィエフの八番のソナタで、まんまとひっかけられた。ガヴリーロフの録音を私のだと言って聴かされ(私はそれを信じて、解釈に非常に不満を持った)、私のを彼のだと言って聴かされたのだ(こちらも信じきって、直ちにこう思った。「これは別物だ」と)。危ないゲームだ。皆は声を上げて笑った。

 こういう本は、一度読んだらそれでOKというものではないので、本当は手元に置いておきたいのですが(14頁に及ぶ索引。そして29頁が費やされた「総演奏レパートリー表」)、前に一度店に入ってきたとき、ついつい売ってしまったことが、今でも悔やまれます。この仕事もそれなりに長くなってきて、それにつれて本への所有欲もどんどんなくなっていて、商売の上では大変良いことなのですが、ときどき間違えて必要な本を売っちゃいます。
 ちなみに最近買い取って売るべきかどうか思案しているのは、小沼丹の大寺さんものを1冊にまとめた『黒と白の猫』(未知谷)。これは悩ましい。

<今日店でかけたCD>
『MOMPOU PLAYS MOMPOU Vol.3』(Ensayo)

 CDの買い取りでお預かりしている1枚。査定を兼ねてかけてみました。僕が高校生の頃まで生きていた、現代スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの自作自演集。彼の曲は、かつてラローチャさんの演奏で耳にしたことがあるはずなのですが、そのときはあまり強く印象に残りませんでした。でも、今日初めて聴いたご本人による演奏には、もうその最初の一音から耳を奪われました。曲の美しさもさることながら、独特の色気あるピアノの響きが堪りません。

(宮地)

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