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日々録   2003年3月

 一週間ぶりに店に行ったら、机の上に『モクローくん通信』の第3号が届いていた。隅から隅までなめるように読んで、リハビリ。クッ、クッ、クッと読みながら、古本屋さんってどんな仕事だったか少しずつ思い出す。ちょっと誤った使い方の気がするけど。

 一週間の休みのメインはカンボジアのプノンペンでのレンガ積み、三泊。
 いやぁ、楽しかった。建築家の石山修武さん、ウナロム寺院内で日本語学校を開いている渋井さん、地雷で足を失った人のために手動の三輪自転車を作っている小笠原さん、フォトグラファーの中里さん、石山研究室の松本さん、参加者の皆々、渋井さんが日本語を教えているカンボジアの子どもたち。レンガと向き合っている時の真剣な眼差しと、休憩中の少し紅潮した笑顔。魅力的な人々と正味の時間以上の時を過ごすことが出来た。
 そして皆と別れた最終日、私たちはふたりしてお腹こわした。

 そのあと、台北で二泊。寝て、食べて、寝て、食べて。

 プノンペンの町には、いささか不安を抱いていたけれど、人々の外国人に対する無関心さのバランスに居心地の良さを感じた。バイクタクシーや、レストランの客引きは当然寄ってくるのだけど、しつこくない。お願いすると、変なふっかけ方はしていないみたいだし、運転も荒くない(信号や車線は彼らに関係ないことを前提として)。人々の穏やかなふつうの笑顔が印象的だ。
 メインストリートから外れると、未舗装のびしゃびしゃにぬかるんだ市場の道があったり(私はここで食欲を失した)、水道管が壊れて水が噴き出していたり、往来するバイクでとても埃っぽかったり。
 地べたの上で、自力で生きてるってゆうエネルギーが、濃厚なアジア的風景に飢えていた私たちには嬉しかった。

(アオキ)

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 ハイテクになればなるほど、兵器というのは野蛮になるみたいですね。
 テレビをつけっ放しにしていると、同時通訳の乾いた声に、こちらの心もカサカサしてくるようなやりきれない気分になってきます。空から何かを落すってゆうのは、例えそれが支援物資だとしても嫌な感じです。
 
 明日から、1週間ほど旅に出ます。店は営業してます。電話は繋がりますが、メールの返信はその間出来なくなりますので、ご了解ください。
 ではでは。
(アオキ)

 ではでは。
(宮地)

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 やらなければならないことが山のように押し寄せてきた慌ただしい一日。よって、今日は品出し情報のみです。

 少年画報社 『御用牙』 全18巻 +『新御用牙』 全3巻
          小池一夫:作、神田たけ志:画 10000円
 ペップ出版 『刀化粧』 〃  、  〃    全3巻 3000円(初版)
 日本文芸社 『斬殺者』 〃  、小島剛夕:画 全6巻 5000円(初版)
 小学館 『信長』工藤かずや:作、池上遼一:画 全7巻 4200円

『信長』は未完ですが全7巻。出るはずだった完結巻の8巻が事情により出なかったためです。

(宮地)

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 白山駅前、通りの向こうに拡声器とプラカードらしきものを持った20代男性グループ。切符売り場で、20〜30代女性ふたり連れ。電車の中には、一目で行くと判るのはぽつりぽつり。なぜか女性のふたり組が多い。果たして、この車両から何人参加するのだろう。私たちみたいに何も持たない覆面デモ隊もいるだろうから。
 御成門、車両の3分の2ほどが降りたか。階段を上りながら振り返ると、かなりの人並みが続いている。
 地上に出ると、もうそういう人ばかり。若い人もいるし、私たちの親くらいの世代も結構来ている。小さな子の手を引いた親子連れも多い。車道には機動隊の大きな車が並んでいる。手前の広場には日教組や○○組合みたいな、年季の入った人たちが集まっている。次から次へと人が集まってくるけれど、混乱なく歩道橋を渡り東京タワーふもと集合場所へ続く。ほんとうに、たくさんの人が戦争に反対しているのだ。係の人たちの先導もわかりやすい。
 ホームページから“WORLD PEACE NOW”のロゴをプリントアウトした人、前回の新聞の一面広告に色を塗った人、“愛”と書いた人、几帳面に書いた人、小泉やめろと書きなぐった人、月桂樹などのドライハーブで“NO WAR”と書いた人、ピースマーク型のパンを焼いた人、いろいろなプラカードがいる。天を仰いでいるような母子の絵は胸に迫るものがあった。不謹慎だけど、発表の場を探してるアーティストには絶好の場だったりもするかもしれない。鳴りものは、太鼓いろいろ、ギター、カリンバ、タンバリンなどなど。近くに“WORLD PEACE NOW”のバッチを2個100円で売っている係の女性が来たので、私たちはそれを買って付けた。
 いよいよ歩き始め。私たちは銀座コース。もうひとつはアメリカ大使館コース。もっと密集して歩くのかと思っていたけれど、ゆったりしている。ポケットに忍ばせておいた三板を取り出し、ちいさーな音を出してみる。途中から入ってくる人もいれば、抜ける人もいる。のんびりした感じ。
 日本人ばかりではなくて、言葉を聞いていると結構いろんな国の人が周りにいる。私たちの周りは、個人参加、グループでも4〜5人、見たところデモにあまり馴れていない人たちが多い。
 歩き出して間もない頃、50代くらいの男性が「声を出しましょう!ワールドピース!ワールドピース!ワールドピース!」と叫び、その時はみな後に続くも、その人が黙ってしまうとしずかーになってしまった。みな(私も)、それぞれにモゴモゴと小さな声で「ノー、ワー!ノー、ワー!」「戦争反対!」と消え入る声で言ってみたりしつつ、静かな行進が続いた。
 そして、神谷町を過ぎた辺りだろうか、突然、ほんとに突然、スイッチが入ったみたいに「ノー、ワー!ノー、ワー!」とみな一斉に声が上がった。そのあとは、途中リズムが崩れたりしながらも、拳を振り上げたりすることなく(拳突き上げるのかとばかり思っていた)、みなずっと声で訴え続けた。こういう時は、リズムとれる鳴りものはあればあるほどいいみたいだ。
 新橋から銀座に出るあたりから街中にふつうの歩行者が徐々に多くなり、興味深げに観る人、無関心な人、中には拍手してくれるおばさんや、中年夫婦、歩道から参加してる家族連れなんかもいた。
 それにしてもこんなに大勢の知らない人同士が集まって、同じことを訴えているのが不思議な感じ。突き詰めると、またそれぞれに言いたいことは違ってくるのだろうけどね。
 特に疲れを感じるほどでもなく、完歩。
 その後は、ふつうの人になって銀座の町に繰り出したのだけど、かなり後まで行進は続いていた。後の方は、年季の入った団体が多かったようだ。「イラクー、センソー、ハンターイ!」「・・・・・・、やめろー!」おぉ、シュプレヒコ−ル。初心者が、間違えてこっちに紛れ込んでしまったら、ちょっとつらいかもと思った。
 というわけで、無事終了。主催者発表5万人、警察発表1万人(いくらなんでも、それはないでしょ)。こういうのって、どうやって数えるのでしょう。お天気も良かったし、宮地の花粉症も爆発しなかったし、苦手と思うほど嫌なものでもなかった。
 
(アオキ)

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 店のガラス扉にプリントアウトした“DO YOU BOMB THEM?”のポスターを貼っている時、宮地からの電話で攻撃が始まったことを知った。
 
 アメリカでブッシュが大統領の座をかすめ取り、日本では小泉純一郎が旋風とともに総理大臣となった時、カタンと歯車が噛み合ってしまったような、嫌な感じがした。
 9.11以降、妄想ばかり豊かで想像力に乏しいアメリカを目の当たりにした。グローバリゼイションを声高に主張するアメリカは、驚くほど外のことを知らなかった。アメリカと、それ以外。井の中の蛙。
 あいつがどうも怪しいらしいと騒ぎたて、敵にして、勝手に攻撃を始め、今度はやつらのテロに気をつけろって、一人芝居ではないか。一体どれほどの人を殺せば気が済むのか。このイラク攻撃を支持しているアメリカ国民は、イラクがどこにあるのか正確に示せるのだろうか。アメリカの中でも、反戦を訴える人がいるのが救いだ。
 イラクへの先制攻撃を日本政府は世論を無視して支持した。国益のためだという。でも、この支持で遂に歯車がゆっくり動きはじめた気がする。暴走するアメリカは、他の何より恐い。ブッシュとそのいちみが、悪魔の使者にすら見える。
 有事法制とか、次の何かが、すぐそこに控えているようにみえる。この先に何があるのかを、見据えないと。雰囲気ですすめられることでは、ない。

 人それぞれ意見はいろいろあるだろうが、それぞれの方法で言い表せば良いと思う。強制することも、強制されることもない。ただ、ここまできてしまったら、自分の気持ちをできるだけきちんと言い表した方がよいと思ったので、自分なりに始めている。もっと早くからやれば良かったけど、今からでも遅くない。

 明日はちょうど休みなので、ピースウォークに参加するつもりでいる。はじめてのデモ行進。遅まきながら、ひとつの有効な手段だと考えるようになった。ひとりでは行けないけど、宮地も行くと言っているので、へっぴり腰ながら、これで二人増えるわけだから。
 
 
 さて、話をほうろうに戻す。深呼吸。
 夕方、モクローくんがお友だちを連れて来た。
「こんにちは。早稲田の古書現世と・・」
「わぁ!そっくりーッ。」と、思わずご挨拶を遮ってしまうほど、目の前にいるのはまごうことなきセドローくんだった。

『モクローくんとセドローくん、ほうろうに現る。(実写版)』
 わはは、楽しい!私はこういう日常が大好きだ。グローバリゼイションなんて妄想は消えてしまえ。

『モクロー通信』まだ読んでない方は、レジの前に置いてありますので、どうぞおもちください。

(アオキ)


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 第3火曜日、定休日です。いつも通り、ミーティングと在庫整理。店ではこれといって特別なことはありませんでしたが、小泉純一郎の会見には本当に腹が立ちました。ある意味、ブッシュの会見以上に。

 さて、気を取り直して、ここからは昨日の話。
 夜になって、ふたりの別々のお客さんから「アル・クーパーが来日しますね」と声をかけられました。 アル・クーパーは僕の大好きなロック・ミュージシャンで、この6月に初来日が予定されているのですが、昨日はまさにその先行予約の申込みをしたばかりで、当たるかどうか気を揉んでいるところだったので、「ああ、みんなも楽しみにしてるんだな」と嬉しい気持ちになりました(先行予約は今日発表があって当選しました。6月15日クラブクアトロ。やったー!)。
 話をしたお客さんふたりも行かれるとのことなので、昨日ほうろうにはアル・クーパーのライブに行く予定の人が(アオキも含め)4人いたことになります。東京での3日間の公演のキャパシティーは4000人弱なので、なんと1000人に1人です。だからどうした!てなもんですけど。
 アル・クーパーはディランの『ブロンド・オン・ブロンド』やストーンズの『レット・イット・ブリード』への参加、あるいはフィルモア・セッションやブラッド・スウェット&ティアーズでロック・ファンにはお馴染みですが、何と言っても最高なのは自身6枚目のソロ・アルバム『赤心の歌』です。まだ聴かれたことのない人はぜひ。心にしみる歌が詰まっています。

 以下、昨日今日の品出し。

 福武書店 『乱離骨灰鬼胎草』 野坂昭如 2000円(初版・帯付き)
 彌生書房 『俳句の天才―久保田万太郎』 小島政二郎 1200円
 筑摩書房 『太宰治』 井伏鱒二 1500円(初版・帯付き)
 岩波文庫 『古句を観る』 柴田宵曲 1000円
  〃   『徳川時代の文学に見えたる私法』 中田薫 1000円
 東京堂出版 『二十歳の日記 昭和28年東京下町』 青木正美 1750円
 幻冬舎文庫 『詩人ケン』 業田良家 350円

 最近、たまたま続けざまに野坂さんの本が入ってきました。出せばすぐ売れていくその様たるや驚くばかりで、前回ここで紹介した文庫ももうほとんど売れてしまいました。ことうちの店に関しては、赤川次郎なんて目じゃないですね。
 青木正美さんは堀切でもう50年も続いている青木書店の先代で、これまでもたくさんの本を出されている方です。僕は前に福武文庫から出ていた『古本屋四十年』しか読んだことはないのですが、たいそう面白かったことを覚えています。今日出したのはお店を開いた年の日記で、最近出た本です。そうそう「彷書月刊」でも連載を持たれています。タイトルは「古本屋畸人伝」。

(宮地)

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 私の母は幼稚園から小学校に上がるくらいの年で戦争を体験している。私は幼い頃、母からよく戦争の話を聞いた。電灯に黒い布を被せていつも薄暗いのがとても嫌だったこと、火の粉の散る中布団を被って逃げたこと、おかゆはご飯粒よりお芋や芋の蔓の方が多かったこと。いつも同じ話の繰り返しだったけれど、その度に私は「戦争」という言葉に言い様のない恐怖を感じ、「ねぇ、戦争はまた起こる?」と訊いた。そうすると、母は幼い私に向かって、非情にも「また起こるかもね。」と答えた。そして、「でも、今度戦争になったら、あんな思いは二度としたくないから、堂々と死んでやる。」と必ず付け加えた。母が死んでしまうことを想像して、悲しく心細かった。
 自分に、重ね合わせてみる。私が幼稚園に上がる前、家の隣のマンションが火事になったこと、小学生低学年の頃伊東の花火大会で火の粉が散ってきてとても恐かったこと、よく憶えている。
 丁度今の私くらいの年齢になっていた母が、子どもの私に戦争の話をした。幼い頃の衝撃的な体験は、一年前のことよりリアルだったりする。戦後20年、防災頭巾よりも防空頭巾という言葉の方がふつうに使われていた頃だ。いつ攻めてくるかわからない敵に怯えていた恐怖は、たとえ戦争が終わろうとも心に重たく残っているはずだ。自分がこの年になってみて、戦禍を逃げまどった幼い母を思うと不憫でならない。子どもの私に向かって「堂々と死んでやる。」と言った母の強い語気は、戦争への憎しみそのものだったのだ、と今になるとよく解る。
 
 私が通ったクエーカー派の女子高は、当時平和教育が盛んだった。中学の修学旅行で広島に行き、いくつかの班に分かれて、被爆した方々を訊ねお話を伺った。ケロイドで皮膚が大きく引きつっていたことを憶えている。恐い顔をしてあまり話したがらない人もいたように思う。
 日本は、たくさんの空襲を受け、被爆もしたが、加害者でもあることを忘れてはいけないということを、先生からは折りに触れ聞かされた。
 後に、あの原爆は戦争を早く終わらせるための、言わば正義の投下だったと、アメリカ側の投下理由を知って、我が耳を疑った。あんなに多くの人生を一変させ、死ぬまで後遺症に苦しまなければならないのに。

 学生の頃だったか、もう社会人になっていたか、夏休みに友人の親戚のいる長崎を訪れた。たまたま着いた日が、原爆記念日に重なり、たくさんの灯籠を橋の上から見送った。水面に揺れる灯籠の無数の灯りは、幻想的で美しく、美しいだけに悲しかった。
 私たちを泊めてくれた親友のおばちゃんは、もう初老であったけれど、お惣菜屋さんをしながらずっとひとりで生きてきた。若い頃に被爆したから結婚しなかった。結婚しないことを選んだのだ。たくさんの小さなきびなごを、私たちのために一匹ずつさばいて待っていてくれた。それが、私が生まれて初めて食べたきびなごだ。

 20代、学生の頃の友人が、釜山に行く船が安いよ、と雑誌のコピーを持ってきた。船旅というのと安いというのと外国ということで安易に決めたが、出発が近くなるにつれ、反日感情や、軍事上の問題から港の写真撮影は禁止というガイドブックの記述に不安を覚えた。
 実際に行ってみると、釜山の人たちはせっかちなところはあったけれど、道に迷っていると向こうから声をかけてくれ、とても親切に教えてくれた。
 私たちがバスを待っていると、老人が近付いてきて日本語で話しかけてきた。次第に何人も集まってきて、みな日本語を話した。彼らは私たちを責めたわけではなく、日本語が話せるんだぞというふうに、知っている単語を並べたり、持っている煙草の銘柄の説明をしていたのだけれど、これだけの月日を経て尚忘れないほど日本はこの人たちに強要したのかと、その夜は友人たちと肩を落とした。
 
 古本屋を始める少し前、沖縄に初めての一人旅をした。沖縄を選んだのは、さしたる理由があったわけではなく、船で行くと安いし、外国は言葉が不安だけど、沖縄なら言葉が通じる、くらいの気持ちだった。
 軽い気持ちであったけれど、初めて沖縄の地を踏む時は挨拶をしなければ、という思いがあった。自分なりの儀式のつもりだった。沖縄戦で命を落とした多くの人たちが眠る土地をズカズカ歩くことに、お許しをいただきたい、そんな気持ちだったかもしれない。とは言っても、沖縄戦の知識もない。中学の頃同級生が夏休みに訪れた沖縄から送ってきたひめゆりの塔絵はがきを思い出し、私も昔は同じ女学生だった、そんな理由をくっつけて、バスに乗ってひめゆりの塔へ向かった。
 ひめゆりの塔に併設された資料室には、暗いガマを模した展示があって、その前でくる日もくる日も自分の体験した地獄を語っているおばあたちがいた。助かった命、生き残ることが出来たのに、何十年経っても彼女たちは、友人たちや兵隊が血を流し、生きた身体に蛆が湧き、水を欲しがりながら死んでいったのとそっくりの作り物の前で、語らなければならないのだ。苦しみも、悲しみも、全て枯れてしまったように、抑揚のない声で繰り返し繰り返しテープレコーダーのようにおばあは語り続けていた。おばあ、大変でしたね、と声をかけたくともそれすら出来ず、私はトイレに駆け込んでよくもこんなに出るものだと思うほどの大量の涙と鼻水を流した。でも、泣くことのできる自分は、泣ける余裕があるのだと思った。
 どこかへ旅に出ようと地図を広げると、東南アジアの今でも簡単に行けないような島々まで、日本軍の足跡がある。よくもこんなところまで、と思うほど。なぜ、侵略なんてしてくれたのだ、私には関係ないことだ、と思ってしまうこともある。もっと楽に気兼ねせずに旅できたらと。しかし、前線で戦っていた人たちも本望でなかったはずだ。お国のため、そうするしかなかった。出来ることなら家へ帰って、家族とふつうの暮らしがしたかったろう。兵士を責めることは出来ない。彼らもまた被害者だ。コッカの上の方の一握りの人間によって、全ての人の運命が左右されるのだ。
 
 彼らがあげることの出来なかった反対の声を、今の私たちにはあげることが出来る。デモであれ、何であれ、自分の方法で表明できる。
 私の耳には、おばあの悲しい声が今でもはっきり残っている。 
 私がこれまで接してきた戦争体験者に戦争は素晴らしかった、良いものだった、と言った人はひとりもいなかった。被爆したことを嬉しい顔で語ってくれる人はいなかった。
 戦後処理とか、戦後復興とかいったって、死んだ人は帰ってこないし、失った腕も足も戻ってこない。そうして、恨みが残る。その繰り返し、繰り返すうちに恨みが複雑に絡み合って、解り合うところからどんどん遠ざかっていってしまう。
 世界中のたくさんの人たちが既にそれに気が付いているのだから、必ずいい方向へ行くと信じたい。私は自分が戦争を体験しているのと、していないのの境目の世代であることに、責任を感じている。

いかなる戦争にも反対します。
(アオキ)
 

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 大宮アルディージャの開幕戦(対アルビレックス新潟)に行ってきました。埼玉スタジアム2002。14時キックオフなのに起きたら12時50分でちょっと焦りましたが、なんとか間に合いました。

 前半は本当に良いサッカーをしてました。観ていて楽しい、ワクワクする、という意味では、去年のリーグ戦とは比べものにならないほどに。ただ、つまらないことで退場者が出て10人になってしまってからは、まったく別のチームになってしまい、結果数字の上ではボロ負けでした(1対4)。でもまあまだ43試合あるし、点を取るという強い意志は感じられたので(去年はこれがあまりにもなかった)、今日のところは良しとします。これまで観たどの勝ちゲームよりも、将来への希望を抱きました。

 帰宅後、相撲を観てチャンネルをそのままにしておいたら、「課外授業ようこそ先輩」の再放送は何と佐野眞一の回。アオキと「佐野眞一はテレビだと今ひとつなんだよね」などと話しながら観ていたら、これが大当たり。とても面白かったです。佐野さんごめんなさい。取材をするとはどういうことかを、隣に座る者同士を取材させることによって教えていきます。「相手の何を知りたいか」を知るということは、自分がどういう人間かを知るということだ、というくだりが印象に残りました。

(宮地)

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先日もここで触れた散歩の達人ブックス『東京古本とコーヒー巡り』を、うちの店にも新刊で並べました。まだ手にしていない方は是非ご覧ください。一冊持ってると末永く楽しめます。
そして今日も、あの本見て来たんです、という方がひとり。嬉しいです。

かなり空き気味だった時代小説と国内文庫の棚を、補充しました。

(アオキ)
 

 先週の環音の報告会からはや一週間。今週はその余韻でちょっと呆けていました(イベントが無事終わった安堵感、良いものになったという満足感、打上げ後朝まで飲んだことによる肉体的疲労などによると思われます)。いまひとつ労働意欲が湧かず、品出しも滞りがち(「今日はよく働いたな」と思えたのは2日だけでした)。そのせいかどうか売り上げも湿りがち。個人的な、未知なるものに対する欲求も失われていて、図書館にも返却以外では一度も行きませんでした。で、ニュースを見ては憂鬱になりブッシュへの呪詛の言葉ばかり吐いていました。来週からはネジを締め直します。

 今日の品出しは以下のものなど。

 大修館書店 『絵画に見る近代中国―西洋からの視点』
         ウィリアム・シャング(安田震一) 2000円
 みすず書房 『クローン人間の倫理』 上村芳郎 1800円
 河出書房新社 『ダウン・ザ・ハイウェイ ボブ・ディランの生涯』
         ハワード・スーンズ著、菅野ヘッケル訳 2400円
 リットーミュージック 椎名林檎フォト&スコア
            『無罪モラトリアム』 1200円(シール付き)
            『勝訴ストリップ』  1300円(  〃  )

(宮地)

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 ブッシュって人は、毎日どんなもんを食べているんだろう。小魚とか・・・、食べてないだろうなぁ。例えば、ホワイトハウスにメール送るみたいに、みんなで小魚贈ってあげたら、小魚テロになってしまうんだろうか。カルシウム摂らないと、と思うのだけど。
 
 フランスか、アメリカか、とか、フセインか、ブッシュか、とか、あたしと仕事とどっちが大切?みたいだ。

 フランスのワインを道端に流すアメリカ人の映像を見て、教科書に墨を塗ってた日本の子どもの写真をふと思い出した。

 イラクも生物化学兵器持ってるけど、アメリカもいろいろ持っていて、しかも使いたくてウズウズしてる脅威。

 そんでもって、屈託なくアメリカに付いてく日本。


(アオキ)


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 近所にお住まいの南陀楼綾繁さんと内澤旬子さんが発行する、古書目録愛好フリーペーパー「モクローくん通信」の配布?を始めました。モクローくんこと南陀楼綾繁さんのもとに日々送られてくる古書目録の中から毎月選ばれる「今月の目録大賞」、古書現世の向井透史さんによる楽しいコラム「W稲田古書街畸人伝」、そして内澤旬子さんによる最高に可笑しい4コマ漫画「モクローくん」などなど、A5両面二つ折りの小さなスペースの中に盛りだくさんの内容が込められています。今年1月の創刊で毎月20日発行、もうすぐ第3号も出ます。レジの前に置いてありますので、みなさんぜひ手に取ってみてください。

 また、南陀楼さん関係のものを他にも2点入荷しました。
 ひとつは南陀楼さんが数年前に作った日記本ガイド「日記日和」。700円。
 もうひとつは、南陀楼さんも参加されている京都の素晴らしい古本愛好誌「SUMUS」。600円。
 どちらも文学の棚の「彷書月刊」の横に並べました。「SUMUS」についは、昔古本で入ってきた時この欄でもちょっとだけ触れました

(宮地)

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宮地は朝の5時に帰宅し、少し寝て8時半に起きて酔ったまま千駄木マラソンの警備に出掛けた。私は予定時間に起きはしたものの何か頭が痛いみたい〜、と暫く動けず、遅刻。休みの筈の神原が12時に来てくれて、神様。
そろり、そろりと仕事を終え、家に帰って鏡を見て、ギョッとした。わしの目の下には、土田世紀の漫画みたいなクマが・・・。こんな顔世間にさらしていたとは、オハズカシイ。

昨日の日記もアップしました。
(アオキ)

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10時集合、棚移動などに取りかかる。
1時頃、棚の移動は思ったよりも早めに終った。
環音の樋口さん、尾崎さん、広田さんが来られて、最終的な打合わせを済ませる。演奏してくださるサックスとクラリネットの野本和浩さん、大熊ワタルさん、ちんどん太鼓のこぐれみわさんと、環音の広田さんは一度荷物を置いて、ピースウォークに出掛けられる。なんと今日のミニライブはサックスも、ちんどん太鼓も入るのだ! くーっ、わし、泣く。
3時黒川さんが器材搬入。

イベントがあるような特別な日は、人を寄せる何かしらの磁力が発生するのか、最近あのお客さん見えないなぁ、というような方がひょっこり顔を見せてくれたりする。それもまた嬉しい。前に、大量の買い取りが運び込まれて固まったこともあったけど。

4時に一旦シャッターを下ろし、リハーサルや、棚に写真パネルのセットをする。

4時40分開場。静かだなぁ。
5時近くになってようやく人が集まり始める。事前告知に開場時間を書いておいた方がよかったな。

最終的には、ゴザに座りきれないほどの多くの人が集まった。昨年の独立祝賀コンサートに東ティモールを訪れた様子をVTRで上映してから、広田さんと、大熊さんのお話。この国の海には豊かな油田があるため、一本の糸を引っ張ると、隣国や、日本も含めた大国の国益(嫌な言葉だ)が、複雑にこんがらがって持ち上がってくる。一筋縄ではいかない様々な問題が露呈する。ニュースや新聞を読んでいるだけでは決して知ることの出来ない真実が、実際に見て来た二人によって語られる。隠された真実は、私たちの身の周りにも当然ながら転がっている。
4世紀以上もの間、代わる代わる占領されたり、攻撃されたりしながらも、人と人との出会いを大切にし、日本人を恨むことなく受け入れることの出来る、東ティモールの人たちの懐の深さに、心を打たれた。
独立前から現地に通い、危険に身をさらしながら取材を続けてきた南風島渉さんの、東ティモールの人々の純粋で汚れのない瞳に吸い寄せられた、という言葉が印象的だった。

「不屈の民」で始まったミニライブは、続いてカタロニア民謡「鳥の歌」、そして今日のデモ行進にも参加した新しい楽団のメンバーも加わっての「平和に生きる権利」「ティモールの漁師の歌」。すばらしい!
これまで、何かに惹かれて手にしたチラシや、沖縄の映画「豚の酬い」など、私の興味の先には、わりとよく大熊ワタルさんの名前があり、気にしていた人だったけど、実はこれまで生の演奏を聴いたことがなかった。それなのに、環音との出会いがあって、今こうしてうちの店で演奏してくれている。このご縁に感謝感涙。

環音の報告会が終わって、黒川さんご夫妻の“Tea for Two”による2曲。家族という、一番小さなコミュニティーから発せられる幸せの願いが、会場に溢れる。

環音の活動や、東ティモールという国の現状、大熊さんたちによる気持ちのこもった演奏と、集まった人たちのそれぞれの思いが合わさり、次へ繋がるエネルギーがそれぞれの内に湧いてくるような、かけがえのない時間だった。こうして、文章にすると熱血な感じになってしまうけど、自然と優しい気持ちになれる心地よい夜だった。

集まってくださったみなさん、環音のみなさん、大熊さん、こぐれさん、南風島さん、野本さん、楽団のみなさん、黒川さん、どうもありがとうございます。

(アオキ)

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明日に備え、散らかった裏を少し片付けたり、簡単な打合わせをしたり。
だれも来てくれなかったらどうしよう・・・と、夕方になって突然不安に襲われる。
どうか、ひとりでも多くの方が足を運んでくれますように。
あとは祈るばかり。

あしたは、通常の営業は16時までとなります。
環音の報告会は16時40分開場、17時開始です。

(アオキ)



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 土曜日のイベントのことをご近所にお知らせする。環音の樋口さんとは、メールと電話でこまごまとした打合わせ。MDはCDプレイヤーの真ん中のくぼみでかけられますか?と、樋口さんを不安にさせたりしつつ。
 
 本番まであと二日。ここへ来て嬉しいお知らせが!
 マイクやらスピーカーやらどこから借りれば良いのだろう・・・と、電話帳を開こうとして、あ、そうだ!と同じマンションに住む黒川さんに相談してみることにした。黒川さんご夫妻はおふたりで“Tea for Two”という名前でコンサートもされている。とっても温かい気持ちにしてくれるコンサート。この界隈にお住まいで、このコーナーを読んでくださってる随分と多くの方が、私なんかよりもおふたりのことはよく知っているはず。
 あるよ、貸してあげる。とご主人の嬉しいお返事。しかも、環音のこと、東ティモールのことなどを説明していたら、奥さまが、もし余裕があるのなら歌わせてもらえない?こんなお願いするのは初めてなんだけど、話を聞いていたら歌いたい歌が浮かんできたの。と、言ってくださった。
 そのことを環音に伝えると、突然の申し出に関わらず快く了解してくれた。なんかだか、とても嬉しい。いくつものご縁が繋がって、世界にいろいろな言葉があるように、ジャンルは違えど音楽を通して何かをしようとしている人たちがほうろうで出会うなんて。

 なお、8日のイベント当日ですが、通常営業は16時までとなります。ご了承ください。

(アオキ)

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「今月の一冊」を更新しました。とはいっても、僕とアオキは最近長い文章が書けないので、またしても助っ人コモリくんの力を借りたのですが。

 関川夏央は僕にとっても重要な作家です。カード会社の人の目の前で自分の著書を積み上げて、「こんだけ書いてるんだからカード作って」と懇願していた頃からのファンです。彼が深夜のファミリー・レストランを渡り歩いて原稿を書いていた頃、僕はそのすぐ隣で(あるいは真後ろで)読書をしていました。最近はすっかり偉くなられたのでちょっと近寄りがたくなった感もありますけど、山口文憲との対談とか、奥田瑛二主演の映画の原作とか、本当に好きでした。

 さて、品出し情報です。今日は野坂昭如の品切れ文庫をたくさん出しました。以下そのすべてです。

 講談社文庫『卍ともえ』   800円(初版)
   〃  『とむらい師たち』 〃 (初版)
 旺文社文庫『妄想の軌跡』   〃 (初版)
 文春文庫 『強姦作法』    〃 (初版)
   〃  『オペレーション・ノア』 上下1500円(初版)
   〃  『夏わかば』 600円 B
 角川文庫 『ゲリラの群れ』 800円(初版)
 中公文庫 『童女入水』    〃
 新潮文庫 『心中弁天島』   〃 (初版)
   〃  『水虫魂』 600円 B
   〃  『真夜中のマリア』 500円 BC

(宮地)

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 買い取りで入ってきた斎藤美奈子の新刊 『趣味は読書。』をパラパラやっていたら止まらなくなって困りました。ここ数年の間、ほうろうを右から左へと通り過ぎていったベストセラーの数々は本当のところどんな本だったのか?ということがわかったような気になりました。仕事とはいえ、僕たちの代わりにあんな本やこんな本をちゃんと読んで報告してくれる斎藤さんはきっと良い人に違いありません。1000円。新入荷棚です。
 ほうろうでは、この本で取り上げられるような大ベストセラーよりも、斎藤さんの本の方が動きは全然良いのですけどね。さすがに入ってくる量では負けますが、棚に並べればすぐに売れていきますから。
 バッサバッサと切り捨てるわりには不思議と不快な気持ちにさせられない文章はもはや名人の域。そこで述べられている考え以上に語り口の上手さでグイグイ読まされていく快感を、みなさんも堪能してください。

(宮地)

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 大好きな作家の訃報にショックを受けた一日でした。

 宮脇俊三さんは、僕にとって、「この人の本は出たら必ず発売日に買う」最初の作家でした。デビュー作の『時刻表二万キロ』の影響は大変強く、僕の10代はあの本との出会いがなければずいぶん違ったものになっていたことでしょう。最高傑作である『時刻表昭和史』は、鉄道に興味のない方にもぜひ読んでもらいたい1冊です。
 宮脇さん、どうもありがとうございました。慎んでご冥福をお祈りします。

 生島治郎さんも亡くなりました。生島さんには宮脇さんほどの思い入れはありませんが、『黄土の奔流』は忘れられない1冊です。未読の方はだまされたと思って読んでみてください。 血湧き肉踊るひとときを保証します。

 夜は、悲しみを乗り越え、学生時代の友人粥川準二の出版記念パーティーへ。本のタイトルは『クローン人間』。1月に光文社新書から発売されました。僕はこういった分野が大の苦手なので普段は決して近寄らないのですが、まったく畑の違う方々とお話しする良い機会と思い、参加しました。いろいろと勉強になり、楽しかったです。

(宮地)


 春一番。
 先日、散歩の達人ブックス『東京古本とコーヒー巡り』が出版された。実はうちの店も載っている。前評判も良いらしく、既に増刷もされているらしい。そのため店にはまだ届かないが、宮地、アオキ両実家用に、2冊購入した。
 この本、オモシロイ。一度に全部読んでしまうのはもったいないようで、ちょっとずつついばんでは、ほくそ笑んでいる。目次を拾うと、古本散歩の「甘い時間」岡崎武志/リレーコラム 南陀楼綾繁の古本指南/読書装置6選/挟みパン全解剖/寄り道読書の常夜灯・・・。ね、くすぐられちゃうでしょ?
 で、今日この本を見て来ました、という男性が来店された。副業で古本屋を始めたいと考えているのですが・・・。訊かれるままにいくつかの問いに応えた。出来る限り心を尽くして真面目にお話ししたけど、うちで良いんだろうか。もちろん、いろいろな店を訊ねているとは思うけど。帰られた後で、三谷幸喜に似ていた、と思った。
 気になったことがある。古書組合の話になった時、今は値上がりしちゃって組合に入るのに90万くらいかかるんですよね、それも分割は駄目。と、言っていた。この前店に来た別の人は安くなって40万だと言っていた。何年か前、私が調べたか、何かで読んだ時は80万くらいだったような記憶がある。組合員に知り合いがいないといくらお金を積んでも駄目だとか、今は前程厳しくないから保証人はたてなくても平気だとか。口を開けばみな違うことを言う。
 うちにはまとまったお金がいつもないし、お陰さまで(昨日は地獄呼ばわりしたくせに)買取りだけでこれまでのところは何とかしのいでいるので、組合に入っていない。当分入れそうもないので真剣に調べたこともないのだけど、組合の周りにはいつも様々な憶測がモヤモヤと立ちこめている。果たして、本当のところはどうなんだろうか。人を見たり、足もと見たりの、変動相場制なのだろうか。好奇心駆り立てられる、本日の大問題だ。

(アオキ)
 

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 店開けは宮地に任せ、小森・小田木夫妻と待ち合わせして安田邸の雛祭りに行く。神原は来るかなぁ、と門まで様子を見にいったところに、ちょうど金富一家がやって来た。雛壇の設えられた和室で、お茶会。ちょっとかしこまった雰囲気に、金富家のお子たちも神妙な面持ち。幼稚園生のお姉ちゃんはちゃんとお抹茶もいただいていた。小森君はその足で、『POETORY CALENDAR TOKYO』の納品に来てくれた。
 風は強いけど、青い空が眩しい日曜日。店番に戻ると、いつも飲み屋でご一緒する方も店の前を家族で歩いていた。
 麗しきのどかな休日、うーん。なんて、往来を眺めながらお茶啜る幸せも束の間。3時過ぎくらいから、買取り地獄が始まった。折角持って来てもらって、地獄呼ばわりするのもどうかと思うが、今日の殺到ぶりには視界がぐんぐん小さくなった。昨日の雨で来られなかったお客さんが、みな来たのだ、きっと。まぁ、昨日も悪天候の割には買い取り多かったけど。
 何回かに分けて持ち込まれる方の、採れる本、採れない本を選別する間にも、ひとり、ふたりと、紙袋を持ったお客さんが入ってくる。こんな時は、頭を振ると全て飛んでいってしまうから、兎に角、目の前の本だけを見る。これが古本買取りの心得、第5条。
 宮地は食事のタイミングも逸し続け、笑顔のまま顔が固まっている。可哀想。
 
 一冊の仕上げも、品出しも、棚の整理も出来ない一日。一息つけたのは閉店30分前。このまま、3月の買取りハイシーズンに突入するのかな。ちょっと恐怖。

 毎月の楽しみ、山崎と神原が連載をもつフリーペーパー『ボンフォトつうしん』、日曜日なのに、梵虫氏が持って来てくれた。
 
 ビールで疲れ流して、明日からまた頑張る。
 
(アオキ)

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 夕方、環音の樋口さんと尾崎さんが、雨の中を遥々名古屋から下見に来てくれた。
 トンボ帰りというふたりを引き止め、小奈やさんでお好み焼きをご一緒する。新幹線間に合ったかなぁ。ちょっと心配。
 いやいや、主張のある本棚ですね。などと言われ、照れくさいけど、かなり嬉しかったりして。
 去年、東ティモールの独立祝賀コンサートに行った時、首都ディリは攻撃の傷痕も生々しく、ほとんどの民家は屋根が焼け落ちて無い状態だったという。周りには、まだ武器を持った人々がふつうにいて、血の気が引くような思いを何度もしたそうだ。まさしくニュースで見る世界。私たちにその恐怖は想像出来ない。
 実際の独立祝賀コンサートも、独立したとはいえ実際に取り仕切っているのはポルトガルだったりするわけで、なかなかソウル・フラワー・モノノケ・サミットの順番が回ってこなかったり、演奏時間を縮められたりの嫌がらせを受けたりしたけれど、彼らの演奏は地元の人たちには大歓迎されたのだそうだ。次の日はディリから西に行ったリキサという村で環音主催のお祭りを開催した。
 私は友人から借りたビデオで、その東ティモール行きのニュース映像を見たけれど、リキサでのお祭りに集まった村人の、モノノケ・サミットへの反応がとても印象的だった。じぃっと、大きな目で食い入るように見つめ、みな固まった状態。それも、ずっと。本当に驚いたり、感動したりすると人はこういう反応になるのだ、なんて、その純粋で汚れのない姿にとても感動してしまった。
 
 環音の広田さんに東ティモールのことを初めて聞いた時、ふんふん頷きながら頭の中で地球儀をぐるぐる回している自分がいた。でも実は、日本も少なからず関わりのある国なのだった。第二次世界大戦中は占領していたというし、最近では日本がインドネシア政府に送り続けたODA(政府開発援助)で武器が購入され、東ティモールへの攻撃にも使われていたのではないかといわれているそうだ。どちらも良い関わり方でないのが残念だし、知らないところで自分の税金が既に人殺しに使われていたかもしれないと思うと、腹立たしいではないか。
 このところ危うい世界情勢でいろいろなことに注意深くならざるを得ないこともあるけれど、彼女たちと知り合えたお陰で、世の中の弱まっているところや、悪い方向へ下りそうなところを、たくさんの縁の下の力持ちたちが踏んばって支えているのだなぁ、ということをつくづく感じる。

 環音の報告会まで、いよいよあと一週間。3月8日土曜日5時からです。大熊ワタルさんのクラリネット生演奏を聴けるのも、やったぁー、なんて実は自分たちが楽しみにしていたりします。みなさんも、どうぞご来場ください。すてきな夜になるはずです。
 環音ホームページに写真入りの詳しいレポートがありますので、どうぞそちらもご覧ください。
 ソウル・フラワー・モノノケ・サミットは、阪神大震災の直後に結成され電気を使わずに演奏できる楽器で、被災地に生の音楽を送り続けました。その後も、音楽を熱望する巷での演奏活動を続けています。
“ソウル・フラワー・モノノケ・サミット”のサイトへ
大熊ワタル氏が主宰するユニット“シカラムータ”のサイトへ
(アオキ)

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