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日々録   2001年8月
No.146  2001年8月13日(月)

   蝉の声のこと

 夏の強い陽射しのなかで蝉の声を聞いていると、蝉の声の遥か向こう側、時間も超越した向こう側にどんよりとした悲しみのようなものを感じる。見えるもの全てがきらきら輝くこの季節が大好きなのだけれど、毎年蝉の声を聞く度にぬぐい去ることの出来ない悲しみのようなものが私の胸に広がる。
 
 戦争だ。

 戦争を経験したこともない私がなぜそんなことを感じるのか。
 中学生の修学旅行で訪れた広島や、友人と旅行した長崎、原爆投下の再現フィルム、ひめゆりの塔で話すおばあのこと、それに毎年ニュースで見る慰霊祭などで象徴的に鳴く蝉、 恐らくそれらの記憶が積み重なり、何年か前から私のなかに影を落とすようになったのだ。それは、これから先ずっと気持ちに一点の曇りもない夏は迎えられないということの確信でもあり、やりきれない気持ちになったが、受け止めなければいけないことだと思った。でもそんなことは誰にも言ったことがなかった。

 8/12の朝日新聞の朝刊で作家の高村薫さんが書いていた。
『五十六年前の八月十五日も晴れて暑い日だったというが、未だ生まれていなかった者がこの日のことを想う夢想のタイムトンネルには、たしかに蝉の声が響いているだけである。十五年戦争については子どものころからずいぶん本を読んできたが、どこまでもこの身体の経験とはなりえないからか、ぼんやりとした振動となってゆらぎながら、何か五感を麻痺させるような蝉の声に溶けて、毎年立ち戻ってくるに過ぎない。わたくしを襲う「暈ひ」は、想像を超えた人間の暴力を想うことそのことか、あるいは戦争をめぐる無数の無名の言葉が形をなさずに消えてきた月日への呆然か。』(抜粋)

 同じ経験をしている人がいることに驚くとともに、祖父母や両親、その他多くの方々から直接戦争の話を聞いている世代としての責任の重さを強く感じている。
(アオキ)

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