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日々録   2005年10月
No.1017  2005年10月9日(日)

 しのばずくん、助けて!

 往来堂書店での「不忍ブックストリートが選んだ50冊」フェア、すでに1週間が経過したのに、ぼくが選んだ本はまったく売れません。0冊です。選択の基準が「売れる本」ではなく「売りたい本」であることを考えれば、そんなに落ち込む必要もないのですが、ミカコの選んだ『浅草紅団』があっという間に売り切れるのとかを見せられちゃうと、やっぱり凹みます。しかしまあ、ウジウジしていて売れるわけでもなし、このあたりでひとつ、テコ入れといきましょう。以下、まずは、選んだ本と、フェアの小冊子に付けたコメントを紹介から。

『釣れんボーイ』いましろたかし
        (2079円 エンターブレイン)
 すべての同世代男子(30代後半)に薦める、煩悩と妄想の書。釣りへの興味は不問。

『増補版 時刻表昭和史』宮脇俊三
        (560円 角川文庫)
 すべての「鉄道ファンでない人」に読んでほしい、戦時を生きる少年の成長記。

『世界のサッカーエンブレム完全解読ブック』
        斉藤健仁、野辺優子(924円 畔幻法
 欧州各都市の歴史文化にどんどん興味が涌いてくる、紋章デザインの本。不含南米。


「とにかく『釣れんボーイ』を売りたい!」

 この企画が決まったとき、まず頭に浮かんだのがそれでした。小説であれ漫画であれ、愉しい本は他にもたくさんありますが、近年、これほど共感した作品はなかったですから。

 以下、あらすじ(のようなもの)。

 最近川釣りにハマった漫画家の暇城武(ヒマシロタケシ)は、もう寝ても覚めても頭のなかは釣りのことでいっぱい。締切がすぐそこまで迫っているのに、ついつい徹夜で仕掛けをつくったりしてしまう始末。冬の間は夏に心ゆくまで釣るために、夏は夏で「これを描き上げればあの川に行ける」ことを心の支えに、日々売れない漫画を描いています。でも、男の30代も後半に差し掛かってくると、ただ趣味にのめり込むだけ、ともいきません。己の才能への疑問。体力の低下と反比例するかのように進行するエロ爺化。編集者にアシスタント、そして奥さんとの人間関係。さらには昼飯に何を食べるかまで、あれやこれやに悶々とする毎日。ところがある日、はじめて行った病院で魅力的な女医さんに出会って、さあ大変。どうする、ヒマシロ先生!

 とまあ、そんな漫画です。なんかこのあとヤマが来るような書き方をしましたが、特にそういうこともなく、淡々と過ぎていく日々が、ヒマシロ先生のモノローグで、妄想を交えながら語られていく、ただそれだけのお話(終わり方も唐突)。でも、しかし。せつなく、おかしく、何より身につまされるのです。
 あと、文章ではうまく説明できないのですが、絵がまた良いのですよ(どんどんキャラが立ってくるヒマシロ先生が堪りません)。お近くにお住まいの方は、ぜひ往来堂書店までいらして、手に取ってみてください。

 この作品、釣りにはほとんど興味がないぼくですが、それでもえらくハマりました。「釣りもやってみると面白そうだな」なんて思ったりもしました。逆に「私は釣り好きだが、あまり楽しめなかった」という人もきっといることでしょう。でもそれは、この漫画の釣り描写が甘いとか、そういうことではまったくなく、ヒマシロ先生の生活態度や思考傾向についての、合う、合わないに尽きるのだと思います。刹那的で、行き当たりばったり、中途半端で、根性なし。ある一面では彼はそういう人です。でも、それは裏返すと(そして平たく言うと)、人生を楽しむぞ、ということなのですよ、たぶん。そしてそれはそれで、茨の道でもある、と。みんなこのくらいの歳になってきて、あらためて気付くわけです、好奇心を持ち続けることの困難さに。でもそれに立ち向かわなければ、よい大人にはなれないのだ、なんてね。

 というわけで、ぼくのなかでこの本は、(ムッシュ)かまやつひろしの『ゴロワーズという煙草を吸ったことがあるかい』と、カップリングされることとなりました。♪ほらジャン・ギャバンがシネマの中ですってるやつさ、というあれです。かまやつひろし&いましろたかし。「おおっ、語呂もいいぞ!ひらがな万歳ペアの誕生だ」とひとり盛り上がっております(ちなみに『ゴロワーズ〜』がA面)。ムッシュがやはり30代の半ば頃につくったこの曲、たとえば3番のサビではこんなふうに唄われています。

 ♪そうさなにかにこらなくてはダメさ/狂ったようにこればこるほど/君は一人の人間として/しあわせな道を歩いているだろう

 ムッシュのいくつかのアルバムにヴァージョンを変えて収録されていますが、やはり最初に録音された『あゝ、我が良き友よ』のものが最高。未聴の方はぜひ。ほうろうでも聴けます。


 残りの2冊についても簡単に。
 
『釣れんボーイ』がセレクションの柱なので、もう2冊は当然趣味の本から選ぶことにしました。10代の頃もっとも入れ込んだ鉄道と、現在の心の拠り所であるサッカーから1冊ずつ。それぞれ、その分野に興味や知識がなくても面白く読める、ということを考慮に入れて選んだのですが、それ以前に、なかなか手に取ってもらえないようです。

 確かに『世界のサッカー・エンブレム〜』の方は、つまるところある種のカタログであって、企画としてはタイムリーですが、内容や記述に深みやオリジナリティがあるわけではありません。正直、サッカー・ファン以外には向かないのかなあ、と思いはじめてもいます。でも『時刻表昭和史』はそうではないし、宮脇俊三さんもまた、ただの紀行作家ではありません。この人は、尋常でない鉄道好きであるとともに、昭和を代表する知性であり、なおかつ文章の達人なのですから。

 この本は、大正15年に川越で生まれ東京で育った少年の、物心ついてから敗戦の日までの回想録です。中学に入る頃には完全に戦時下となり、軍事教練があり、空襲があり、疎開があり、そして玉音放送を聞くこととなるあたりは、この時代を東京で過ごした多くの子どもたちと同じでしょう。ただ違うのは、宮脇少年が、よくいる鉄道好きな子どもとは一線を画する早熟な時刻表愛好家で、なおかつ父親が特殊な仕事に就いていたこともあって、戦局がかなり差し迫ってもなおそれなりに鉄道に乗れたということで、そのあたりが並外れた記憶力で再現されていることについていえば、間違いなく一級の鉄道本です。でも、それと同時に、あの時代を背景にしたある一家の記録にして、青春の書でもあり、それらすべての底に流れているのは反戦への強い思いです。鉄道への興味を越え、志を同じくするすべての人に読んでいただきたいと願う次第です。なお、昭和20年8月15日を描いた最終章のもたらす余韻には忘れがたいものがあり、できれば元版に倣って、いったんそこで読了することをお薦めします。

 最後にひとつ報告を。『釣れんボーイ』は、版元のエンターブレインさんとまったく連絡が取れず、入荷の見込みが立たなかったため、最終的に小冊子からは削除しました。ただ、10月1日になって突然入荷したので、往来堂店頭には並んでいます。ハンディを背負った『釣れんボーイ』へ、どうか温かい声援を送ってやってください。

(宮地)

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