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日々録   2005年5月
No.977  2005年5月27日(金)

こんにちは。
心の日記帖には毎日言葉を綴っているので、そんな気がしなかったのですが、ずいぶんと間が空いてしまいました。

火曜日にカエターノ・ヴェローゾのコンサートに行きました。
甘い男というのは苦手だと思っていたのですが、わたし、すっかりメロメロになっていまいました。若い頃のジャケットしか見ていおらず、つい先日新しいアルバムの老いた顔にびっくりしたばかり。しかしステージに現れた彼のその声は、齢還暦を過ぎてなお美しかった。
小鳥のように繊細で、海のように深く、澄んだ青空のようにどこまでも高く、そして甘く。
隣に座った夫を置いて、私のハートは遠くブラジルに飛んだまま、今日に至るまで戻ってきていないのだ。

そんなむき出しの心を抱えたまま、今日は楽しみにしていた水族館劇場の木馬亭公演「谷間の百合」へ。
入る前、受付の横にきれいな紫色と、グリーンの冊子が売られており、何だろうと手にしたら、高明哲追悼集とあった。高さんと云えば、あの車掌さんも高さんだけど。追悼集という意味が解らない。高さんがどなたかに寄せているのか。
表紙を開けたら、そこにはお芝居をしている高さんの写真が。
亡くなっていたのは、高さんだった。
すぐには受け入れられない、受け入れたくない事実が、むき出しの心に突き刺さってきた。去年の公演にはいらっしゃらなかったけれど、舞台に立つ高さんの姿は、独特のかなしげな調子の声とともにいつでも鮮明に甦ってくる。

一昨年の「虹の都」の、立ち上げ会でお会いした。水族館劇場の合宿所に、高さんも岡山から駆けつけていた。時間が遅くなり、私たちが合宿所をおいとましたところ、高さんと一緒になり、どこの駅だったか思い出せないのだけれど、最寄り駅まで水族館の方に車で送ってもらった。高さんは、その日はまた岡山へ帰るのだと仰っていた。宮地も私も人見知りのうえ、相手が役者さんとなると、緊張してしてあまり上手く話せなくなる。その時も何の話をしていたかはあまりよく覚えていなのだが、高さんの律儀な受け答えとか温かな雰囲気は、今でもはっきりと残っている。
不思議なのは、たぶん日はとっぷりと暮れている時間だったと思うのだけれど、記憶に残っているホームで電車を待つ間の高さんの格子柄のシャツは、日なたの景色の中にある。

そんなことを思い出しながら。
「カジノ・フォーリー 水族館レヴュー」、「谷間の百合」。

遅ればせながら、川端康成の『浅草紅団』でカジノ・フォーリーに連れてってもらったところだった。そんな年に木馬亭公演だったのは、とても嬉しく、昼の日中の浅草がぐっと私に近づいてくれており。
そして今日は何より千代次さんの迫力に打たれました。


高明哲さんのご冥福を心よりお祈り申しあげます。
(ミカコ)

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