5月7日

『青鞜の冒険』今更あれこれ書き足したくなるが、編集者ぽん太さんの顔が浮かび、なかなか。でもゲラはすでにまっか。らいてうの自伝でなく、野枝のリアルタイムの『雑音』をもうちょっと使うべきであったとか。自伝も後からでた4巻本より、1955年の「わたくしの歩いた道」のほうが正直でずっといい。それを小林登美枝さんに聞かれるまま詳細にしたが4巻本なのだが、書き足した部分に惑わされたり、大本教との関わり、先祖崇拝、そのほか戦後民主主義、科学的社会主義の立場からはどうかなと思うようなところが上手に削られているかんじ。

時代によるものだとはいえ、らいてうには学歴、権威、都会からみた差別が拭えない。「なまりが気になる」「田舎の村夫子然」といった表現、自分のことを語っても「なのでした」「のようでした」とまるで他人事のようなひややかさ。

だいたい声も小さくはにかみ屋だと自任しているのに、どうしてこんなにたくさんの役職、要職を引受けたのか。家父長制や旧来の家族関係を否定してながらく結婚せず子どもを非嫡出子で届けた勇気あるひとが、食事や来客の世話まで息子の嫁にさせて「ありがたいことでした」ですましているなんて。山川菊栄との関係も戦後、菊栄が労働省婦人局長をしてから娘婿を転勤先からお膝元に呼び寄せてくれた事に「配慮」を感じたりしている。それってただのコネじゃないか? と読めば読むほど反発やあきれたりもするのだけど、私には一ミリも似ていないこの人が気になるのはたしか、ぽん太は「らいてうさんへの愛を感じますよ」と言う。