2013年9月 のアーカイブ

9月20日

2013年9月24日 火曜日

午前中、息子を拝み倒し、パワポを2つ作ってもらい、いざ北海道に出発。21日に知里幸恵記念の集会で、28日に札幌のお姉さん、堀川淳子さんの「だんらん」でお話をする予定。

9月19日

2013年9月24日 火曜日
昼食会で『青鞜の冒険』
について話す。高階秀爾先生、芳賀徹先生もいらしたので緊張したが、私の話に有益なサジェスチョンをたくさんくださり、ありがたかった。高階先生は青鞜の尾竹紅吉評価、尾竹三兄弟についてはかなり再評価の機運があることや、高村智恵子は紙絵だけでなく、青鞜のデザインセンスをも評価すべきだといわれた。芳賀先生は昭和20年から24年まで平塚らいてうゆかりの禅道場両忘協会に住まわれた。また曙町のお住まいはらいてうや寺田寅彦の隣近所で曙町についても教えていただけた。夜は坂本真典巨匠の手料理をいただきみんなでおしゃべり。なんという幸福な一日。昼間のおいしいステーキを緊張のあまり半分しか食べなかったのはもったいなかったけど。中秋の名月、秋の空。

昼食会で『青鞜の冒険』

について話す。高階秀爾先生、芳賀徹先生もいらしたので緊張したが、私の話に有益なサジェスチョンをたくさんくださり、ありがたかった。高階先生は青鞜の尾竹紅吉評価、尾竹三兄弟についてはかなり再評価の機運があることや、高村智恵子は紙絵だけでなく、青鞜のデザインセンスをも評価すべきだといわれた。芳賀先生は昭和20年から24年まで平塚らいてうゆかりの禅道場両忘協会に住まわれた。また曙町のお住まいはらいてうや寺田寅彦の隣近所で曙町についても教えていただけた。夜は坂本真典巨匠の手料理をいただきみんなでおしゃべり。なんという幸福な一日。昼間のおいしいステーキを緊張のあまり半分しか食べなかったのはもったいなかったけど。中秋の名月、秋の空。

9月18日

2013年9月24日 火曜日
朝の列車で東京へ。たまった仕事を片付け掃除と洗濯。台風一過の青空ひろがる。
夕方BPOの会議。肖像権と著作権、情報公開法と秘密保持法などについて放送関係の先生にいろいろ教わり、勉強になる。しかしこの忙しさはまさに心を滅ぼすほど。スケジュール闘争で、あしたのスピーチの用意。

朝の列車で東京へ。たまった仕事を片付け掃除と洗濯。台風一過の青空ひろがる。

夕方BPOの会議。肖像権と著作権、情報公開法と秘密保持法などについて放送関係の先生にいろいろ教わり、勉強になる。しかしこの忙しさはまさに心を滅ぼすほど。スケジュール闘争で、あしたのスピーチの用意。

9月17日

2013年9月24日 火曜日
斎藤さん親子が車で新発田を案内してくれる。まず連合赤軍事件の田宮高麿の家のお墓参りに。永平寺派のお寺でご住職はいろいろお話ししてくれた。
「田宮さんのお父さんは歌を詠む人で、『弱法師』という歌集もあります。上のお兄さんたちは医者とか大学の先生になっていて、優秀な家系です。でもハイジャック事件で北朝鮮に行かなかったら、連合赤軍事件に関与していたかもしれず、それよりはよかったといっておられました」
北緯38度線記念碑というのがある。不思議な符合。
鈴木邦男さんは『青鞜の冒険』のなかに組織論がすべてあるとおっしゃる。「これは運動に有用な本ですね。有名人を当てにしてはいけないということ、人にカンパを募ってはいけないということ、実にそのとおりです」と長年の右翼?活動からおっしゃる。本物の右翼という方とお話ししたのは初めてで聞きたいことはいっぱいあった。違う考えの人と話すのは面白い。柔和で礼儀正しい方であった。
レイモンドの教会、越後の豪農、市島家などを見学。東京の市島塾は千駄木林町にあり、そこの初代塾長は諸橋轍次がつとめたがこの人も新潟生まれ。夕方、咲花温泉、柳水荘にとまる。佐藤真をしのぶ『阿賀に生きる』の会を毎年やっているという宿。かなりひなびた、古びた宿だが、掛け流し温泉はすばらしく、食事もよかった。部屋に青木茂さんの「越後一会」の色紙あり。玄関の額は尾崎士郎によるものという。歴史ある宿はいい。

斎藤さん親子が車で新発田を案内してくれる。まず連合赤軍事件の田宮高麿の家のお墓参りに。永平寺派のお寺でご住職はいろいろお話ししてくれた。

「田宮さんのお父さんは歌を詠む人で、『弱法師』という歌集もあります。上のお兄さんたちは医者とか大学の先生になっていて、優秀な家系です。でもハイジャック事件で北朝鮮に行かなかったら、連合赤軍事件に関与していたかもしれず、それよりはよかったといっておられました」

北緯38度線記念碑というのがある。不思議な符合。

鈴木邦男さんは『青鞜の冒険』のなかに組織論がすべてあるとおっしゃる。「これは運動に有用な本ですね。有名人を当てにしてはいけないということ、人にカンパを募ってはいけないということ、実にそのとおりです」と長年の右翼?活動からおっしゃる。本物の右翼という方とお話ししたのは初めてで聞きたいことはいっぱいあった。違う考えの人と話すのは面白い。柔和で礼儀正しい方であった。

レイモンドの教会、越後の豪農、市島家などを見学。東京の市島塾は千駄木林町にあり、そこの初代塾長は諸橋轍次がつとめたがこの人も新潟生まれ。夕方、咲花温泉、柳水荘にとまる。佐藤真をしのぶ『阿賀に生きる』の会を毎年やっているという宿。かなりひなびた、古びた宿だが、掛け流し温泉はすばらしく、食事もよかった。部屋に青木茂さんの「越後一会」の色紙あり。玄関の額は尾崎士郎によるものという。歴史ある宿はいい。

9月16日

2013年9月24日 火曜日
きのう、7時ごろ連絡があり、台風18号が本州に上陸したら新幹線が泊まる恐れがあり、すまないが今日の最終の新幹線で新発田入りしてくれないかとのこと、これから講演の準備にかかろうというところだったが、あわててそこらへんの資料をかき集め8時58分の列車に乗る。駅前の竹内旅館、親切なり。
翌朝、斉藤徹夫さんが迎えにくる。想像していたのと違う。大杉栄の会というからアナキズム系なのかと思ったら、大倉喜八郎の顕彰もやっている。大杉は父が軍人だったため、軍都新発田に10年くらいすんでいたらしい。「自叙伝」にでてくる
イチョウの木など見せてもらう。ほかに溝口家の新発田城(新出来)あり。私の話をわざわざ聞くために来てくださった鈴木邦男さんは新潟からの列車がおくれ映画は見られなかったという。大逆事件の映画はわかりやすかったが、やや説明的であった。やはり台風のため来られない人が多く、100人ほどか。それでも皆さん熱心に聞いてくださり本も買ってくださった。夜は第一ホテル泊。

きのう、7時ごろ連絡があり、台風18号が本州に上陸したら新幹線が泊まる恐れがあり、すまないが今日の最終の新幹線で新発田入りしてくれないかとのこと、これから講演の準備にかかろうというところだったが、あわててそこらへんの資料をかき集め8時58分の列車に乗る。駅前の竹内旅館、親切なり。

翌朝、斉藤徹夫さんが迎えにくる。想像していたのと違う。大杉栄の会というからアナキズム系なのかと思ったら、大倉喜八郎の顕彰もやっている。大杉は父が軍人だったため、軍都新発田に10年くらいすんでいたらしい。「自叙伝」にでてくる

イチョウの木など見せてもらう。ほかに溝口家の新発田城(新出来)あり。私の話をわざわざ聞くために来てくださった鈴木邦男さんは新潟からの列車がおくれ映画は見られなかったという。大逆事件の映画はわかりやすかったが、やや説明的であった。やはり台風のため来られない人が多く、100人ほどか。それでも皆さん熱心に聞いてくださり本も買ってくださった。夜は第一ホテル泊。

9月15日

2013年9月24日 火曜日
台風で豪雨。たまにはゆっくり家にいたい。朝は紅茶とトーストにフランスのソワジックさんが送ってきた手製のトマトジャムをつけて食べる。うまし。
しかし、のそのそしている間もなく、あしたの準備、19日の準備、この2つは大杉栄忌など「青鞜」アナキズム関連、21日は北海道で知里幸恵忌、どこも私より詳しそうな方に依頼された。なんでまあ、こんなに引き受けちゃったのだろう。反省しきり、このところ講演依頼は全部お断り。幸田文の『東京人』の校正。これも19枚書くために全集を読み直したりして、ちょっと目が痛い。自分の体に聞いて愛ごとを引き受けなくては。

台風で豪雨。たまにはゆっくり家にいたい。朝は紅茶とトーストにフランスのソワジックさんが送ってきた手製のトマトジャムをつけて食べる。うまし。

しかし、のそのそしている間もなく、あしたの準備、19日の準備、この2つは大杉栄忌など「青鞜」アナキズム関連、21日は北海道で知里幸恵忌、どこも私より詳しそうな方に依頼された。なんでまあ、こんなに引き受けちゃったのだろう。反省しきり、このところ講演依頼は全部お断り。幸田文の『東京人』の校正。これも19枚書くために全集を読み直したりして、ちょっと目が痛い。自分の体に聞いて愛ごとを引き受けなくては。

9月14日

2013年9月24日 火曜日
土曜日。世田谷の「小さな本屋」さんから『青鞜の冒険』をテーマにトークを依頼された。しかし来かたや地図もないし(調べてこいというのか)どのくらいの会場かも伝えないし、不安になって電話すると「はい、下北沢の南口の近くです」とのこと。普通なら「そちらからお電話いただいてすみません」「遠いところ」「おいそがしいのにありがとうございます」とか私が依頼するならなら言うな、とおもったがなし。全く情熱も著者に対する敬意も感じられない。1時間前に来いというので行くとマスクをかけた担当者は「隣の喫茶店で近代ナリコさんと打ち合わせしてください。私は会場の設営がありますので」といっちゃった。しかもナリコさんは自分で買った『青鞜の冒険』をもっていた。聞き手をお願いしたのに送らなかったの? と聞いたら「あ、平凡社さんにいうの忘れた」と言う。自分で企画したイベントの資料を版元にただで送らせるつもりだったのか? 担当者はトークも聞いていたのか聞かなかったのか、持ってくるといった飲み物も催促するまでこないし、終わりのしきりもなし。しかも終わったらすぐ次のイベントがあるそうで、参加者の本にサインしていたら「もう次の入場がはじまっていますので」と追い出された。若い人が自前で一生懸命やっている本屋さんだから応援しなくちゃ、と思ったのは私の勘違いで、博報堂が出資して、若い人にやらせているのだとある編集者に聞いた。毎日、時にはダブルでイベントなんて狂気の沙汰ではないだろうか?
東京には近代のかさぶたが張り付いていて、その前がみえない、といったら、それが印象にのこると言った人が2人。
平塚らいてうのお孫さんひ孫さんが来てくださったのと、ナリコさんたちと飲めたのは収穫だったが。

土曜日。世田谷の「小さな本屋」さんから『青鞜の冒険』をテーマにトークを依頼された。しかし来かたや地図もないし(調べてこいというのか)どのくらいの会場かも伝えないし、不安になって電話すると「はい、下北沢の南口の近くです」とのこと。普通なら「そちらからお電話いただいてすみません」「遠いところ」「おいそがしいのにありがとうございます」とか私が依頼するならなら言うな、とおもったがなし。全く情熱も著者に対する敬意も感じられない。1時間前に来いというので行くとマスクをかけた担当者は「隣の喫茶店で近代ナリコさんと打ち合わせしてください。私は会場の設営がありますので」といっちゃった。しかもナリコさんは自分で買った『青鞜の冒険』をもっていた。聞き手をお願いしたのに送らなかったの? と聞いたら「あ、平凡社さんにいうの忘れた」と言う。自分で企画したイベントの資料を版元にただで送らせるつもりだったのか? 担当者はトークも聞いていたのか聞かなかったのか、持ってくるといった飲み物も催促するまでこないし、終わりのしきりもなし。しかも終わったらすぐ次のイベントがあるそうで、参加者の本にサインしていたら「もう次の入場がはじまっていますので」と追い出された。若い人が自前で一生懸命やっている本屋さんだから応援しなくちゃ、と思ったのは私の勘違いで、博報堂が出資して、若い人にやらせているのだとある編集者に聞いた。毎日、時にはダブルでイベントなんて狂気の沙汰ではないだろうか?

東京には近代のかさぶたが張り付いていて、その前がみえない、といったら、それが印象にのこると言った人が2人。

平塚らいてうのお孫さんひ孫さんが来てくださったのと、ナリコさんたちと飲めたのは収穫だったが。

9月13日

2013年9月24日 火曜日
朝の新幹線で東京へ。ホテルで朝食を食べなかったので、キッチンストリートのフカヒレ麺を楽しみにしていたのだが、耐震工事で休業中。しかたなく丸ビル地下の中華屋でごま担々麺。駅だと1400円のランチが880円でサラダバーにデザート付き。なるほど、駅は観光客の溜まり場。すぐそばだがこっちは会社員のランチ、全然値段が違う。回転がいいからか。毎日1400円は払えないもの。予約して580円の弁当を取りにくる人も多い。でも味は?どうかなあ。
夕方、BPOの委員会。案件多く今日も長い。3時間半。8時半過ぎからちょっと打ち上げ。お腹すき過ぎ。オリンピックの皇族の政治利用、安部首相の汚染水封じ込め安全発言などいろいろ勉強になる話題多し。とくに法律家の意見は傾聴に値する。著作権は死後50年だが、肖像権は死ぬと消滅するのだそうな。いいこと聞いた。遺族で肖像権をたてに写真掲載を断ったり、高くいったりする人にどれだけ悩まされたことか。

朝の新幹線で東京へ。ホテルで朝食を食べなかったので、キッチンストリートのフカヒレ麺を楽しみにしていたのだが、耐震工事で休業中。しかたなく丸ビル地下の中華屋でごま担々麺。駅だと1400円のランチが880円でサラダバーにデザート付き。なるほど、駅は観光客の溜まり場。すぐそばだがこっちは会社員のランチ、全然値段が違う。回転がいいからか。毎日1400円は払えないもの。予約して580円の弁当を取りにくる人も多い。でも味は?どうかなあ。

夕方、BPOの委員会。案件多く今日も長い。3時間半。8時半過ぎからちょっと打ち上げ。お腹すき過ぎ。オリンピックの皇族の政治利用、安部首相の汚染水封じ込め安全発言などいろいろ勉強になる話題多し。とくに法律家の意見は傾聴に値する。著作権は死後50年だが、肖像権は死ぬと消滅するのだそうな。いいこと聞いた。遺族で肖像権をたてに写真掲載を断ったり、高くいったりする人にどれだけ悩まされたことか。

9月12日

2013年9月24日 火曜日
夜は矢萩多聞さんの家に泊めてもらって、朝、わがいとしのつたちゃんとあそぶ。
2歳半になるのか、そうだ、震災のころだったものな。寝ていると静かだが、起きたとたんに活動開始。家の中を走り回り、ものすごくおしゃべり。すねたり、人に気を使ったり、フォローしたりと、2歳児は意外にすごい。もりしゃん、もりしゃん、というつたちゃんと、公園に行ったり、絵本を読んだりしてなんとも至福の時間。
午後は河原町四条から阪急で神崎川へ。三津谷商店街のみつや交流亭へいき、またみんなと電車で十三へ。第七芸術劇場もネギ焼き山本も健在。ネギ焼きを買って、みつや交流亭でまちづくりの交流会。すごく長い商店街のなかに、交流スペースをもうけ、大学人、学生、大阪市の労組の方たちも立交じって活動。ママの溜まり場もあれば、小学生は帰宅途中に水を飲んでいく、お手洗いもある。あとから焼きそばなども届き、こなものでビールにワインという不思議な夜。

夜は矢萩多聞さんの家に泊めてもらって、朝、わがいとしのつたちゃんとあそぶ。

2歳半になるのか、そうだ、震災のころだったものな。寝ていると静かだが、起きたとたんに活動開始。家の中を走り回り、ものすごくおしゃべり。すねたり、人に気を使ったり、フォローしたりと、2歳児は意外にすごい。もりしゃん、もりしゃん、というつたちゃんと、公園に行ったり、絵本を読んだりしてなんとも至福の時間。

午後は河原町四条から阪急で神崎川へ。三津谷商店街のみつや交流亭へいき、またみんなと電車で十三へ。第七芸術劇場もネギ焼き山本も健在。ネギ焼きを買って、みつや交流亭でまちづくりの交流会。すごく長い商店街のなかに、交流スペースをもうけ、大学人、学生、大阪市の労組の方たちも立交じって活動。ママの溜まり場もあれば、小学生は帰宅途中に水を飲んでいく、お手洗いもある。あとから焼きそばなども届き、こなものでビールにワインという不思議な夜。

9月11日

2013年9月24日 火曜日
京都へ。烏丸小池の大垣書店で待ち合わせ。装丁家の矢萩多聞さんといま話題のミシマ社へ。大文字焼きの山がみえるマンションの一室で、すっきりしたデスクで若者が働いている。その隅にちゃぶ台があってそこで30代の社長とお話。どうしても出したい本を工夫しながら作って一生懸命売る、それだけの基本。欲しい本が多い。その斜め前に河合塾京都校があって夕方、「谷根千と東日本大震災」について話す。受験生より社会人の方がおおかったが、アンケートでは受験生も「東北大学に合格したらぜひお手伝いにいきたい」などと書いてある。よかったな。ミシマ社の若い人も2人来てくれたが、2人とも同志社の学生さんで、インターンというか、見習い奉公中だとか。そう、徒弟制度が一番ものを覚えるよ。

京都へ。烏丸小池の大垣書店で待ち合わせ。装丁家の矢萩多聞さんといま話題のミシマ社へ。大文字焼きの山がみえるマンションの一室で、すっきりしたデスクで若者が働いている。その隅にちゃぶ台があってそこで30代の社長とお話。どうしても出したい本を工夫しながら作って一生懸命売る、それだけの基本。欲しい本が多い。その斜め前に河合塾京都校があって夕方、「谷根千と東日本大震災」について話す。受験生より社会人の方がおおかったが、アンケートでは受験生も「東北大学に合格したらぜひお手伝いにいきたい」などと書いてある。よかったな。ミシマ社の若い人も2人来てくれたが、2人とも同志社の学生さんで、インターンというか、見習い奉公中だとか。そう、徒弟制度が一番ものを覚えるよ。