2013年5月 のアーカイブ

4月28日-5月6日

2013年5月8日 水曜日

ゴールデンウィーク中は『青鞜の冒険』の校正。平塚らいてうはわが小学校4年以来のヒロインであるが、反発し、あきれ、いやになり、やっぱりすごいと思う、その繰り返し。らいてうは事業を思いつく、何がなんでもしなければと思う、仲間を募ってやる、体力が続かない、頭痛がする、都会がいやになる、海や山に逃げ出す、これを生涯くり返している。まあ、飽きるのも才能のうち、しかし富や名声のためにしたのではない。茨城に17年に疎開してしまうのは空襲を予見し、食料を手に入れ、戦時体制に巻き込まれないためとはいえ実に見事。そのことがいま東京から九州や沖縄などに疎開している原発避難者の問題と重なって見える。野上弥生子も山川菊栄も白洲正子も実に見事だったしなあ。でも私のシンパシーは日米戦争に勝つと信じてモンペで防火訓練をし、家の下に防空壕を作って、浅草で焼け出されたわが母のほうにある。でも編集の山本さんに「悪口ばかりいってる割には森さん、らいてうに愛情感じますよ」「何だ、好きなんじゃないですか」と言われる。尾竹紅吉は文句なしに好きだなあ。

4月27日

2013年5月8日 水曜日

1日校正。夕方、ドリアン助川さんのコンサートに行く。

郷土史発掘!本郷菊坂の女子美について。女子美術大学の沿革史には載っていないが、この学校は明治37年に本郷弓町2-1、旧加賀大聖寺藩前田邸あとに横井玉子と藤田文三が設立、日本で初めて女子が美術を学べる学校となった。横井玉子は17歳で横井小楠の養子時治(佐平太)と結婚、ミッションでさまざまなことを学び、英語、礼式、裁縫、洋画、料理などを築地の新栄女学校、のちに桜井女学校で教えた。明治33年に女子美術を創立時、こわれて舎監となった。玉子は明治36年なくなる。
同校ははじめから経済的に厳しく、順天堂の創始者佐藤尚中夫人、佐藤静(志津?)が引き継いだ。明治41年に火災により弓町校舎が炎上、菊坂に移転。ここは振り袖火事の火元となった本郷本妙寺のあとで、樋口一葉も種痘をした場所であるが、その後、公立学校になっていたところ。大正5年になると佐藤高等女学校も建てられ、た。人が増えて手狭になったため、女子美は杉並区和田堀の現在地に移る。佐藤高女はそのあと渡辺裁縫学校(今の家政大学)に買収される。この建物は下町の大空襲で、向いの菊富士ホテルとともに焼失。

4月26日

2013年5月8日 水曜日

朝から校正。安倍内閣による憲法改正の動き、危うい。とにかく簡単に改憲できる96条の変更だけは止めなければ。校正の合間にウガンダの旅行について『保険師ジャーナル』に書く。

4月25日

2013年5月8日 水曜日

今日より『青鞜の冒険』の校正に入るも、雑用多く停滞気味。たくさんの人が打ち合せや相談を要望して来るが、そのメールの行ったり来たりだけでも大変な上、こちらに時間や店の指定まで丸投げなのは解せない。スケジュールを聞いたら「どこそこでいつ、お待ちします」と頼んだほうが指定するべきだろう。これも指示待ち症候群というのかな。

4月21日-24日

2013年5月8日 水曜日

内子の岡田文淑さんの町並み、村なみ保存の本を作るために愛媛に。伝建よりも石垣、民宿、水車、そばやなどの石畳地区の村なみ景観のすごさと努力におどろく。かえりユタカと道後温泉本館、万翠荘、子規博物館、坂の上の雲ミュージアムなどを見学。

4月15日-18日

2013年5月8日 水曜日

沖縄本島で見学。今回は天候に恵まれず、渡嘉敷や阿嘉間にいくノは無理。
糸満から南城市など南部の立派なお墓、樋川とよばれる集落の水場、久高島、コザ(沖縄市)、読谷の北窯、住民立の公民館、恩納村、名護市博物館などを崎山正美さんに案内していただいた。とうてい普通の観光では回れないところを回り、会えない人にあえて感謝。
それにしても恩納村には次々海際の景観を占有するリゾートホテルが建設中。しかも道路に面して窓もない壁のようなリゾート。さらに土地をかさ上げしてマレーシア資本のペルジャヤリゾートも進出計画中とか。沖縄県民はこのようなことに反対しないのか?

4月8日-15日

2013年5月8日 水曜日

沖縄竹富島にお話を聞きにいく。石垣島ハッピーホテル、松竹荘、泉屋、中森荘、ヴィラ竹富に二泊。神司の新任の儀式を拝見することができた。新石垣空港ができたとお祝いムードだが、とにかく遠くて不便。前はタクシーで940円だったのに、今は3000円近くかかる。バスだと45分。立派にすればいいというものではない。白保の海を埋めたてるのをやめたことは評価できるが。白保にもまだ多くの石垣と赤瓦の家がある。

4月7日

2013年5月8日 水曜日

根津で三省社渡辺さんご夫妻のご苦労さん会

4月5日-6日

2013年5月8日 水曜日

なみはな荘にユタカと行って直すべきところを見てもらう。

4月4日

2013年5月8日 水曜日

郷土寺発掘!朝から田端から王子まで崖線沿いに地質学者の皆さんと歩く。古石神井川が谷田川のほうへ流れていたのを人為的に王子で切って音無川に落としたのだろうと日暮里の平塚春造さんにも教わり長らく、そのように思い込んで来たが、そうではなく、川が自然流下で流れを変えたのらしい。大発見。根岸なども上野台地から飛び出た砂州のようなものらしい。浅草海蝕台はわりあい地盤がいいらしい。
のだやさんと中濱潤子さんと5月18日のワイン会についてうちあわせ。重松清さんが週刊現代で『震災日録』の素晴らしい書評を書いてくださった。存じ上げない方のまっすぐな書評はとてもうれしい。