7月21日 鷗外記念館

鷗外記念館は民間委託で丹青社という会社が指定管理者をとったらしい。しかしこの間の動きや150年イベントを見ていると文豪鷗外を顕彰する、あわよくば観光の目玉にする、といった感じで、著名人の講演、鷗外にちなんだお菓子のコンテストなんかやっているが、じっくり鷗外の作品を読もうとか、考えようとかいう話ではないようだ。だいたい区長を始め、アカデミー推進課の職員たちもどのくらい鷗外を読んで、ほんとうに愛しているのだろう。少なくとも新しく採用された学芸員のやる気をそがないようにしてほしい。しかしその人たちとて鷗外については初心者で、それなら元鷗外図書館にいた鷗外担当の司書をなぜ配置しないのだろう。私が『鷗外の坂』を書くのにお世話になった岩本さんや鷗外の動く映像を発見された方や、自費でドイツまで調べに行った方や区内に優秀な図書館員がいるのに、その人たちの力をなぜ区は大事にしないのだろう。
サトウハチローの記念館が区にゆずられる時もうまくいかなかったのは、区職員が来て「金目のものがない」とか「あれはいくらしそうだ」といったので佐藤家がいやになったと佐藤家から聞いた。サトウハチローへの愛情が微塵もなかったと言う。私が視察の区議たちと高村智恵子のふるさと福島県安達町で出くわしたときも、視察はほんの2、3時間で、その間中、壁にかかったミレーの複製やケースにはいった弥生式土器の複製を「あれは本物か」「いくらするかな」とお金の話ばかりして、こんな真贋の区別もつかないなんて顔から火が出そうだった。かたや安達町の町議さんは農家の方が多く、お金の話はしなかったし、議員の他に仕事を持っているだけ地に足がついて居た。区議たちがさっさとバスで温泉に引き上げた夜、私はその町議さんの農家にとめてもらったが、議員の給与が18万円と聞いてびっくり。文京区議は調査費とか含めると年収1000万というのに。区議なんて他に仕事を持って18万くらいでいいのではないか? スカンジナビア諸国の用に昼のしごとが終わったら夜議会をすればいい。
いまのやり方は鷗外にたいし微塵の愛もない、といってよい。