震災日録 2月14日 宜野湾市長選のショック

物すごくショック。きょうはたちあがれない。
でも東京新聞の「宜野湾市民は怒っている」といった記事より、私の同行した朝日のルポのほうが市民感情を伝えていたのかも。歯切れは悪いが正確だった。
負けて人のせいにするのでなく、なぜ勝てなかったのか、考えなくては。
演説会や街頭演説より写真入り、カードばらまき戦術の方が効果あったのか?
伊波陣営は「勝てるし勝たなくては行けない選挙」といってた。おおかたの評価も伊波有利だった。「それでゆるむと負けるぞ」といった人もいた。
「いったん市長をやめて知事に出た人がまた市長とは虫がいい」
「伊波は市長としてはなんの実績もない。労組上がりでもういい年」
そう言うネガティブキャンぺ-ンが行われていた。
長い基地との共存のなかで騒音にもなれっこになった人たちがいた。そして基地で働く人、地代がはいる軍用地主、タクシーや飲食店も基地経済の中にある。
「基地賛成なんて言ったら宜野湾では勝てん。挨拶みたいなもんだ」
「基地は反対よ、でも出会ったアメリカ人はみんないい人だった」
「65年で一度しかヘリは落ちていない。あれは事故でなく不時着」
「すぐ基地が戻ってこない以上、日米交流の町づくりに補助金を出させたい」
そんな声も聞いた。そのうえ、
「沖縄は義理堅いから親族に頼まれればざーっとそっちへ流れる」
まさに真部局長がそうしようとした通り。そしてあの事件はうやむやにされ、佐喜真と仲伊真知事のパイプだけが強調された。そして民主党の無方針、自主投票。
「沖縄県民はみんな基地で怒っている」と伝える本土のマスメディアとは違う声に私は驚いた。伊波さんの演説会であった人は元公務員とか教師とか組合運動経験者といった意識の高い人々。しかしそうでないサイレントマジョリティが動かした今回の選挙だったのかもしれない。といってもぎりぎり半々だからね。