震災日録 1月18日 江戸東京たてもの園

原発の耐久年数を40年から60年に伸ばすというトンデモナイ話。
センター試験でミス、不手際多し。私も大学にいた頃毎年のように立ち会いをやったことがあるが、あれほど非人間的な労働はなかった。ミスが出てもしかたない。ヒヤリングなどやめるべし。
国分寺の東京たてもの園にいく。小学校の頃、いったなあ。武蔵野郷土資料園。文京区向丘から移築された仕立屋さん、池之端の日増屋、根岸の鍵屋などに再会。西片町の堀口捨巳設計の小出邸もあった。あんがい谷根千周辺から行ったたてものは多い。前川国男の自邸は明るくて使いやすそうで住んでみたい。じつは見に行ったのは2・26事件でころされた高橋是清邸。ガイドさんが「二階ですよ、暗殺されたのは」となにか最近の事件のように語るので爆笑。蔵で湯葉うどんを食べ体を温める。国分寺カフェスローで中島岳志さんとしめの対談。5・15、2・26事件に至る明治末からの鬱屈青年たちの心の流れ、いまとのアナロジー。こわいなあ。
自殺の増加、海外逃避、秋葉原事件のような暴発、厚労省の幹部殺害が起きると年金問題でのテロか、とすぐ思って加担してしまう世論。行き詰まる若者を暴発から守るにはやっぱり地域に商店街でも、映画館でも、飲み屋でも小さなたまり場を作って行くしかない。夜は根津で小学校時代の友だちと飲む。どんなに意見が違っても自分の思うことを話せる場があることがうれしい。みんなどこかに短パンの少年の面影を残しているし。