震災日録 10月22日 仙台

今日一日が勝負。朝は中公文庫のゲラを返す。『世界』の長い原稿を書く。どこにも行かず。丸森の新米を炊いて食べた。このお米を頼んだとき、ものすごく長いリストが送られてきた。放射線値NDに始まり、残留農薬まですべて。仕事終わったのは朝の5時。2時間仮眠を取って仙台へ。新幹線で爆睡。文学館で円朝について話し、料理研究家の高橋広子先生の家へ。さすがに食の専門家だけに食べ物のことに造詣が深い。今日はハラコ飯と実だくさんの汁をいただく。仙台市内だが3月11日は停電。11時まで水が出たので風呂や薬缶、鍋に水をくみおいた。プロパンガスで調理し、とにかくおむすびを握っては来る人全部に食べさせた。家は避難所状態。仙台で委員会があった娘さんの恩師と大学院生を2日泊めた。大変な経験をたくさん聞いた。