震災日録 8月29日 『悪人』読みました

津波の怖い夢ばかり見る。

吉田修一『悪人』という小説を読む。たまたま図書館の棚にあった。泣きはしなかったがずっと心が痛かった。九州の短大を出て博多で保健の外交員をしている若い女性が殺される。彼女はまじめな理髪店の両親をもつのに遊びたくて博多で寮暮らし、出会い系サイトで複数の男と関係していた。一人一人が警察に呼ばれ、語った話で進行して行くが、なんて悲しい暮らしばかりなんだろう。

かつてみんなが農村や漁村で暮らしていたころは、貧しさ塩漬けではあったが、それなりに祭りもあり、育てるよろこびや獲るよろこびもあり、共同体の遊びもあったし、みんな同じような学歴と職業なのでコンプレックスもなかった。いまや1人で都会に抛りだされ、正規の職業につくこともすくない。秋葉原事件の加藤被告や仮出所後に子どもをさして捕まった氏家被告のことがしきりと憶い出される。

しかしちょっとステロタイプなんじゃないか? ネタバレになるかも知れないが、この本は何年か前のベストセラーだし、最初に犯人は暗示され、映画化されてもいるからあえて述べる。小説で一番の悪役は、金回りもよくモテ系で女の子を引っ掛けては捨てている「由布院の高級旅館の息子の大学生」である。よく知っているから身びいきでいうのではないが、由布院の旅館の息子さんでこんなちゃらい、身勝手なのは見たことがない。旅館のしごとは大変だし、なかなか嫁に来て女将になってくれる人は少ない。老舗であれば重圧もあり、跡を継ぐかも悩んでいる、というのがふつう。悪役だが同情を引くのは「母親に捨てられ、祖父母に育てられた、口べたでもてない土木作業員」だろう。しかしこうした描き方は土木作業員への偏見をますのではないか。全国でたくさんの土木作業員が楽しそうに働いていると思うのだが。わが息子も肉体労働なので、外で汗を流す仕事への偏見がしめされるとつい反応してしまう。スーツ着ての事務仕事よりきついが手応えがあると思う。主人公の労働が一切描かれず、性と遊興の部分だけ拡大されているような。だから救いのない結末になるのだ。

とはいえ昨日千駄木の中国料理店では、まるで小説に出てくる女の子みたいのが大声で恋愛自慢を長々やっていたし、ウェートレスの中国人女性は何かに怒っているように無愛想だった。別の店の女の子はものすごく悲しそう。みんな何考えているんだろうな。