震災日録 3月25日

山崎佳代子『解体ユーゴスラビア』という本がありました。
ユーゴの内戦を一主婦の目で生活からとらえたものです。
被災地支援はとりあえず屈強で経験豊かなNGOやジャーナリストに任せて、今の東京を記録しておくのもいいと思います。

不要不急のものが売れない。お花屋さんでは、チュ-リップが10本400円。ピンクのを買ったら黄色いのを10本、おまけにくれました。

娘は町のお店で牛乳をタダで配布していたので2本もらってきました。

美容院は、いつもなら卒業式でかきいれどきなのにひまだって。結婚式も中止であがったり。

白山の火風鼎は、つゆの材料(魚介類)が入らないのでつけ麺は休み。

居酒屋みさきでは、水道水にヨウ素検出で水割りをどうつくるか、なやんでいた。

千駄木の天米。お彼岸時は客が多いのに、少なくて困っている。さいわい材料は西のものが多い。市場はむしろ余り気味。築地までのオートバイのガソリンが心配。

帰宅難民、文京区ってホントに坂が多いわ。四ッ谷三丁目から千駄木まで二時間歩いた編集者。

紙が入らないので雑誌も大幅変更。茨城の印刷会社が止まり困っている。

私の4月から始まるはずのY紙の連載も延期、いつになるかわからない。
4月の講演も二つキャンセル。フリーはつらい。

タクシーはリーマンショックで売り上げ半減、今はそのまた半分、暮らしていける売り上げじゃない。全部歩合制なので。

荒川のこっちは真っ暗、足立区側は耿耿と電気、腹が立つ、と埼玉在住者。
林町東町会のはりがみ。『明るさに協力』、どういう意味だろう。

千駄木小学生たちはオレンジ色の防災ずきんを被り、雪ん子みたいに集団下校。