1月6日

前から気になっていた小野寺百合子「バルト海のほとりで」を読む。
夫小野寺信はスエーデン駐在武官としてヨーロッパの情報戦と和平工
作を担当し、早く戦争を辞めるよう何十回も本国に打電したが、実ら
なかった。そのテレビドキュメントを見たから探していた本だが、そ
の妻にして、社交の傍ら暗号解読にも深く関わっていた、剛胆な女性
の記録。文章も理知的できっぱりしている。名前に見覚えがあったが
そうか、エレン・ケイやムーミンの訳者でもある。戦後はスエーデン
との文化交流に尽くされたとか。お茶の水の私の先輩だ。おじいさん
は一戸陸軍大将で、息子さん二人は外交官。娘さんは大鷹節子さん、
と知ってまたビックリ、別のことを思い出す。

十年ほど前にチェコ大使館のパーティに招かれた。後にも先にもこれ一回。
大使館というところを観に行こうと出かけた。それは私がチェコの女性、
ミレナ・イエセンスカのことをNHK「わが心の旅」で取り上げたから招かれた
のらしい。ところが広尾のチェコ大使館に行くと、「みなさまにご挨拶
申し上げるつもりでありました大使は今日、急な用事で本国へ戻りました」に
はじまり、ほかの外交官も「急な用事」でいなくて、歌うはずのソプラノ歌手も
「飛行機が遅れて到着しておりません」とかでやれやれだった。大使館て
そんなとこか、とあきれていたら、「かわりに元チェコ大使夫人による
スピーチがあります」とのことで、どうせ偉そうな社交夫人が気取った挨拶する
のだろう、と期待しないでいると、これが大変素晴らしい専門的な講演であった。
それは第一次世界大戦に参加したチェコ軍団がロシア革命勃発により、
シベリア経由で帰れなくなり、中国、日本経由で地球を一回りして帰った話で
あったと思う。その中にチェコの独立を果たし初代大統領となったマサリクもいた。
その遇し方が日本とアメリカでどんなに違ったか、というのである。
外交官夫人にもこんな学識のある方がいることを知り、偏見をあらためた。
夫君の大鷹正氏はオランダ大使もつとめ、弟の弘氏も外交官で、李香蘭こと
山口淑子の結婚相手。さらに兄弟の父大鷹正次郎は小野寺信のリトアニアでの
前者だと知ると歴史は俄然面白い。