「海にそうて歩く」番外編2 マグロ漁船今昔

8月8日

朝寝坊して朝ご飯。春菊のおひたしのこの力強さ。卵豆腐、卵焼き目玉焼き、生卵と四つも卵料理があるこの贅沢。

マグロ漁船今昔

8時すぎ気仙沼の港へ行った。高知、三重、岐阜といろんな県の船。網を繕う男に聞いた。
「今日とってきたのはベカ」「うちはマグロ、30日くらい行って取ってくる。帰ってこない船は3、4年も帰らない。こんなきついしごと後継者はいないよ」
海の男は無口かと思ったらノートを広げる私に寄って来て話す。

「これは漁船じゃなくて水産庁の監視船。ほら『水』の字が見えるでしょ。新しく見えるけどペンキをきれいに塗っただけ。こちらは船主さん、水産庁から請け負うわけ。それぞれ漁場があるが、200海里から外れないか、不審な漁をするものがいないか、見張るんだ。マグロ船もいい時に比べると少ないけど、チャンと給料は出るし、らくだわね」

「こっちの船は高知、夜出て明くる日に仕事して朝帰りさ、カツオの群れを追っかけて沖縄からどこまでもいく。気仙沼が北限でここから戻りガツオと一緒に南下する。もう獲れすぎて困ってんの。私ら一本釣だけど、巻き網漁の連中が獲り過ぎたからハマ値が下がってる。いまキロ70円が相場でしょ。獲りすぎると当たり前だが魚がいなくなる。昔、イワシを獲りすぎたわね。それでいわしがいなくなってあんな下魚が高級魚になってしまった。マグロも50年でおおかた獲ってしまった。巻き網漁やめろ、そう書いといて」
若者がおじさんにからかわれ、どつかれている。

「こいつが一番バーカ。うちの船はバカ1人のせてマース」「水産高校中退でーす」「ちゃんと出たやろ」

さっきのおじさんが「船の上はストレスたまるからな。1人くらいかわいがるペットが必要なんや」
大型トラックがそのまま商店になっている。長靴、合羽、下着、軍手など必需品を売る。右半分は喫茶店でテレビもある。
「ここがわしらの憩いの場や。わしは二十八金栄丸ちゅうてな、カネの金、栄えるの栄、35年乗ってるけど景気どん底だべ。カナダ、スペイン、世界中回ったよ。漁師にパスポートはいらない。どこもフリーパスだ」
長椅子を日なたに出して、日焼けした大きな瞳のきらきらした若者たち。
どこからきたの?「インドネシア」インドネシアのどこ?「ジャワ島」私友だちいるよ、そこに。「ホント!インドネシア語話せる?」テリマカシ(ありがとう)「わーっ、どういたしまして」日本語上手ね。「まだまだ」通訳できるよ「ホントウ?」
隣りに座っていたおじいさんも入って来た。
「うちの船は宮崎の日南でカツオを獲る。1日目のは急速冷凍で鮮魚でいく。2日目のはカツオ節になる。インドネシアの子たちが入って来たのは8、9年前からかな。人が足らないけど条件が悪いからな、日本の若いのはやらん。組合主宰でインドネシアに若いのを探しに行く。ボーナスでないし、歩合だしよ。1年目が月に2万、2年目が3万、3年目が4万、3年で一人前だ。持ってると使うからな、それと同じだけ本国のお母さんに送金してくれる。親孝行になるわけよ。それだけありゃあ、じゅうぶん向こうじゃいい暮らしできる。日本人はオレみたい年寄ばかりよ」
若い子に聞いてみた。初めて船に乗って恐くない?
「ううん、でもエンジンの音うるさい。寝られない。でももう慣れた。かんぺき」
おじいさんが補足する。「あさ夜明けに起きて、暗くなるまで釣る。陸の2倍は働くな。8月からは戻りカツオを追ってハワイまで下ってゆく」
枝幸丸にライトバンが横付け。米袋を女の人が重そうに運ぶ「3ヶ月分です」
キイキイ鴎が鳴く。お前たち、いいなあ。働かないのに食べられて。

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市場では床に並んだメカジキ、マグロを鍵のついた棒で引っ掻いて調べている。尻尾のところが削ってあって中身の色が見える。漁師とはまた違う商売の人の感じ。
「色と脂と鮮度ですね。きょうはまあまあの感じです」「ここは築地みたいに指は使わない。せりは紙に書いて出す。ほれこのマークが問屋の名。フィジーとあるのは獲れた場所です」「高くて買えないですね、僕ら駆け出しには」「女の人でも凄腕はいますよ」「この時期は長ものが多いから」仕事の合間にいろいろつぶやいてくれる。でも言葉は少ない。りーんとベルが鳴る。緊張が走る。誰に落ちるか、もう話など聞ける状態ではない。

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そこから南気仙沼までボーバクたる街区を歩いた。10時5分、小牛田行き。
いまは山中、いまは浜、走って大谷海岸で途中下車。海から零分の海水浴場で泳いでみよう。ホームの前が海なのだ。貴重品を海の家にあずけ、シャツとジーパンを脱げば下は水着、海にはもやがかかり、水は冷たい。足元がすけて見える美しい海に人影は少ない。
小魚と一緒に泳いだ。そして上がって次の電車まで海の見えるレストランでコーヒーを飲んで体を温めた。