震災日録 10月29日 私だけ出られない

福島で高校生をもつお母さんの話。小学生は市外へ避難する子供が多く、教室の人数は減っているが、その高校ではフリーズしたように誰もでないのだそうだ。誰か一人出てくれば、私も私もとなるかもしれないのに、まず最初のコマが動かないのでジグソーパズルは固まったままほぐれない。だれか最初の一人になってくれとどの親も思っているらしいが、自分がそれになる勇気はない。今回、地震以降、コミュニティの力、ご近所の助け合いが強調されているが、むしろコミュニティが抑圧的に機能することが、特に原発については多いように思う。
別の友人は避難区域の一時帰宅の援助にいったらしいが、許された短い時間の中で何を持って行こうかと判断するとき、位牌、遺影、過去帳、アルバムなどを持ち出そうとすることに驚いたという。人は家と土地の歴史を大事にしているのだ。その話も寄田くんとすると、そうです、逃げられないのは『郷土愛』のせいです、という。
人間にもいろいろあって、国際結婚して地球の裏側にすんだり、アメリカ、ヨーロッパの大学を渡り歩いたり、一番ビジネスチャンスのある国に行って働いたりできるノマド(放浪者)のような人もいれば、土地を手塩にかけ、大地にすっくと立って、共同体の中で地産地消(そこで生まれそこで消えてゆく)人もいる。そういう人たちは生活のすべて、自分の存在する意味がその土地の中で完結していて新たな天地には移れないのかもしれない。谷根千という地域雑誌をやっている間中、「土地へこだわる人」と思われて困った。私はあたらし物好きで、旅がこよなく好きで林芙美子ではないが「根っからの放浪者」であって、どこでもやって行ける。だから避難しない人の方がよくわからない。