震災日録 10月15日 北京へ

ある人に聞いた話。「東京電力の社員は東大はじめ六大学あたり出ていても給料は10万円台まで下げられ悲惨な状況。何かミスをやると叩かれるから外でもうっかり飲んだり遊んだりできない」。あんまり東電ばかり悪者にするな、ということらしかった。でも放射能におわれた人々は家を失い、仕事を失い、ふるさとを失い、時には家族が離ればなれになっている。それとどっちが悲惨だというのか?
成田空港へ。今年はじめての海外。北京へ。ホテルは竹園賓館。四合院を改造したいい感じのホテルで大きな池のそばの散歩にいいところにあった。
8年の歳月は北京を変えた。まさに町は生き物。自転車部隊はなくなり町は渋滞。
それで魯迅故居についたのは3時半で、社会主義で4時には鍵をがちゃがちゃ持った女性に閉め出された。
夜、北京在住のライター原口純子さんと胡同の中にある雲南料理を食べに行く。路地奥の隠れ家のような意外性で客は欧米人ばかり。なかなかおいしい。