
川口ワイヤーブラシ製作所の仕事場は、七畳弱ほど広さだ。入ってすぐに『プレス機』、その横に『ボール盤』と『切断機』、向かい合う形で『横ねじり機』がある。少し離れて切断面を研磨する『リューター』と『縦ねじり機』、奥に作業台。さらに奥には『旋盤機』などの加工機械。床には、日暮里で独立した30年前に一本1万円したという、松材を使用し続けている。この工場(こうば)で、ご主人とおかみさんの二人が作業する。
川口さんは独立と同時期に、おかみさんの洋子さんと見合いで結婚した。
主人「うちの母ちゃんは、和裁で有名だったんだよ。三波春夫、九重ユミコ、魁皇の親方のその親方、なんかの着物をつくっててね。はじめは、俺より稼ぎがいいんだからさ。でも、この商売(ブラシ屋)は、一人じゃできないのよ。だから、不承知だったろうけど辞めてもらって、手伝ってもらってるわけ。そりゃ助かるよ。和裁の関係からは、惜しまれたみたいだけどさ、今じゃあ着物を着ている人なんか見かけないでしょ。だから、ちょうどよかったんだよ。なあ、母ちゃん」
「俺の悪いとこはね、頼まれたら断れないのよ。それを知ってて問屋さんも注文してくるわけだ。だから忙しくてかなわない」
おかみさん「うちの人はね、注文の順番通りに仕事をしないんですよ。仕事がたまるでしょ、すると、せっつかれた順にやっちゃうのよ。だから私が、こっちが先でしょって……。先方に電話で答えようがなくなったら、困りますからね」
主人「金額にしろなんにしろ、強気の商売させてもらってるね。せっつかれねぇと、納期も守らないしさ。まあ、そりゃ冗談だけど。はははは。だから、家内に怒られます」