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手は語る−日暮里の町工場を歩く

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へら絞り屋・原岩男さん <1>へら絞り屋
2004年11月3日(水)  阿部清司 あべ・きよし
へら絞り屋・原岩男さん <1>へら絞り屋  グワィングワィン。キュッキュッキュー。
 二〇〇四年十月二十六日の夕方六時すぎ。あやめ通り沿いにある、東日暮里六丁目の一角からは、日没後にもかかわらず、金属の摩擦音が絶え間なく聞こえてくる。出処は一軒の町工場だ。表戸のくもりガラスに「有限会社 矢沢汗什扈蝓ゞ眤阿悗藕焚湛」と書いてある。中に一人の男がいた。”へら絞り屋稼業”四十九年の原岩男さん六十四歳だ。
「集熱板一〇〇〇枚の急な仕事が入っちゃってね。嬉しい悲鳴をあげてるところなんだよ。忙しいってのは、やっぱり好いもんだね」
 集熱板は、スプリンクラーを構成する一部品のことで、天井の中に収まるために、ほとんど人目につかないものだ。
「一枚三一〇円の仕事ですよ。鉄板の材料代一〇〇円と、協力工場にお願いした(鉄板の)真ん中の穴あけ代二五円を引いたのが、うちの利益になる」
 つまり、一枚につき一八五円が利益で、掛ける一〇〇〇枚だから、十八万五〇〇〇円。これを三日で仕上げる突貫仕事なので、結構な金額だといえる。
 旋盤機械と対峙した原さんは、右手と右の脇で構えた「へら棒」を、「成形型」と「板押え金具」とに挟まれて回転する集熱板へ押しあてて、幅二〇ミリの絞りを進める。この時、左手は「補助棒」を操作。一枚の所要時間は約五秒。次から次へ摩擦音は軽快に鳴り響き、面白いように鉄板が曲げられていった。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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阿部清司 あべ・きよし 建具見習い、時々ルポライター
1974年生まれ。2000年9月に神奈川から谷中へ住まいを移す。いくつかの業界紙・誌の記者職として生計を立て、04年5月からフリーとなったが同年末にあえなく撃沈。05年1月、神奈川に帰り、家業の建具屋の職人に見習い小僧として弟子入り。「谷根千」67号74号78号に「日暮里駄菓子問屋街」の取材記事を寄稿。菓子業界はじめ、さまざまな工場に出かけて職人の話を聞く。
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スピニングマシンの江原2007年9月2日(日) 13時51分
何時までも頑張ってください。応援しています。
高橋 典利2006年9月5日(火) 21時05分
原さん いつまでも お元気で 頑張ってください
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