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手は語る−日暮里の町工場を歩く

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万(よろず)木工・晴さんと二人の職人 〈11〉木工の手
2005年1月6日(木)  阿部清司 あべ・きよし
万(よろず)木工・晴さんと二人の職人 〈11〉木工の手  3時休憩は30分。晴さんのおかみさん、絹代さんが緑茶と黒ごまの串団子を運んできた。

 晴さん61歳、清ちゃん67歳、佐々木さん66歳。木工3人の手に触れさせてもらうと、ともに柔らかい。

「昔はうんと固かったんだけどなぁ。柔らかくなっちゃったんだよ」

 と話す晴さんの手は、先程までの作業で付着した木工ボンドを洗い流した直後だったので、少し濡れていて、ヒンヤリとしていた。

 工場(こうば)の中を見回すと「昇降盤」や「フルオートパネルソー」など、木工機械が目につく。手の固さに変化を及ぼしているのは、やはり仕事の機械化だろうか。

「切ってから2、3年は、冬になると脹れて、使いもんにならねぇんだ」

 清ちゃんの左手中指は、第一間接から先が、ない。タカノに来る以前の、ある工場で働いていた四十数年前に、誤まって木工機械で切断したという。そこは、柔らかいを通り越して、少しぶよぶよしていた。

 佐々木さん「指切っちゃうとよぉ、大体10年は痛むっていうんだよ。なぁ」

 清ちゃん「うん。そうだな」

 佐々木「だから社長(晴さんのこと)がいつも、ケガすんなよ、ケガすんなよって口を酸っぱくしてるよ」

 清「この人(佐々木さん)のは羨ましいんだよ。細かいものだって、何だって掴めんだから・・・・・・」

 佐々木「えへへ」
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阿部清司 あべ・きよし 建具見習い、時々ルポライター
1974年生まれ。2000年9月に神奈川から谷中へ住まいを移す。いくつかの業界紙・誌の記者職として生計を立て、04年5月からフリーとなったが同年末にあえなく撃沈。05年1月、神奈川に帰り、家業の建具屋の職人に見習い小僧として弟子入り。「谷根千」67号74号78号に「日暮里駄菓子問屋街」の取材記事を寄稿。菓子業界はじめ、さまざまな工場に出かけて職人の話を聞く。
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