タカノの工場(こうば)には、三つの仕事場がある。
入口から入って二つ目の仕事場で、晴さんと、清(せい)ちゃんこと軽部清男(かるべ・せいお)さんの二人が、向かい合って何かをしている。
「お袋(高野きく子さん)の知り合いから頼まれた、いくらにもならない仕事だよ」と晴さん。
続けて、「仕事っつうか、内職だな」
清ちゃん「あはは。内職だぁ」
つくっていたのは、着物の帯入れ、だ。
午前中、清ちゃんが「昇降盤」で加工した中国産桐材(チャンギー)の横板2枚に、晴さんが刷毛を使って、特殊な木工ボンドを付けていく。この間、清ちゃんは縦板2枚を準備し、貼り合わせる。そして、ボンドが乾くまで横板と縦板の接着部を固定するために、適当な強さの工業用の輪ゴムを、二人でかぶせる。これを30本。時間にして約45分。二人は無言で作業を続けた。
「本当は国産の材を使って、工法もボンドじゃなくて、はめ込み式にした方がいいんだけどさ。先方がこれでいいって言うからなぁ」
二つ目の仕事場には、武者小路実篤の詩がプリントされた某社のカレンダーが、吊るされていた。そこには、こう書かれていた。
我甘露の雨に打たれし事なし
甘露の泉に根をはりし事なし
されど、我その内より甘露をとりぬ