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あれやこれやの思い出帖

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43  後ろからいきなり「ワンバンコ!!」
2006年11月3日(金)  坂口和澄 さかぐちわずみ
 山崎範子さんのご要望もあり、たまには成功した話も書いてみようかな。と言っても、人さまがこれを読めば、私の人格を疑うに違いない。まぁ良いや、私はもともと厚顔無恥な人間だから――と書いて、変なふうに文字変換されやしないかと心配になった。「睾丸鞭」なんて出てきたら困っちまう。そんなことないか。上品な私が何と言うことを書く!?
 母から聞いた話で、私自身は記憶にないが、他方様(よそさま)が家に来ている時、私は障子をいきなり開け、ありったけの声で、「バーッ」と叫んで驚かせたそうだ。ある人は飛び上がった弾みに入歯を吐き出したというが、これは父の話だから当てにはならない。
 こうしたいたずら心は、幸い長男には伝わらなかったが、次男に色濃く伝わった。経理の面倒を見てもらっていた人が家に来ると、まだヨチヨチ歩きの次男が、どこからともなく現われて、その人の後ろに立つ。そして見事に禿げた頭に手を置いて、「ツルッ、ツルッ」と言いながら撫でる。撫で終わると膝の上に乗っかるのだが、やられた人は子供のやることなのに、苦りきった顔をした。
 小学校に入ったころ、「禿げたた人でも床屋さんは同じ料金を取るのかな」と言い出した。これはかねがね私も疑問に思っていたことなので、「確かにそうだな」と親子二人で考え込んだがわからない。わからぬまま、次男を決してその人の前に出さないことにした。必ず料金を問い糺すに決まっているからだ。
 さて、成功譚。
 我家には息子の友人達がよく遊びに来た。来れば家内は必ずお茶菓子を出し、夕飯を御馳走する。しかし、せっかく来てくれたのに、それだけでは不十分だ。もっともてなしてあげたい。
 私に名案が浮かんだ。ある夜、玄関のチャイムが鳴った。来たのは次男の友人二人である。私は玄関脇の階段の蔭に隠れ、彼らが扉を開けた瞬間、「わーっ」と言いつつ顔を出した。一人は「ぎゃっ」と叫んで飛び上がり、一人はへたり込みそうになる。揃って夜道であまり遭いたくない強面(こわもて)なのに……。
 当時、私は還暦を過ぎていた。過ぎて人をびっくりさせる楽しみを知った。これ以降、片っ端から息子の友人たちを驚かせた。その数は、ざっと二十人は越えるだろう。何度も繰り返すうちに、敵もさる者、警戒して入って来るようになった。
 こっちは分別ある老人、若者に負けてはいられない。飛び出す場所をいろいろ変えて挑戦し、成果を挙げた。時には「今晩は」と顔を出し、相手が背を向けた途端、「ワンバンコ」と耳許で叫ぶゲリラ戦法を案出し、これも大成功だった。残念なことに最近はみんな所帯持ちになり、来る機会が減ってしまった。次の標的をどこに向けるか、私は一所懸命考えている。今度、山崎さんに試してみよう。心臓は大丈夫でしょうね。「三つ子の魂、百までも」か。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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坂口和澄 さかぐちわずみ 不自由業
1934年台東区根岸生まれ。現在上野桜木町に在住。デザイン仕事のかたわら、中国史を研究。著書に「正史三国志群雄銘銘伝」(光人社)、「三国志群雄録」(徳間文庫)などがある。「谷根千」82号に「根岸だより」を寄稿。
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