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あれやこれやの思い出帖

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42  腹が立ったら和歌山弁――近ごろ車内風景 
2006年10月27日(金)  坂口和澄 さかぐちわずみ
 ここ数年、電車の中の光景は異様だ。腰掛けている私の両側はもちろん、向かいの席でも半分以上の人間が、一心にケータイでピコピコ、メール(妙なアクセントを付けるな)を打っている。その暇に本を読みなさい。
 ヒョイと中吊り広告を見ようとすると、隣の女はケータイを動かす。私が覗くと思うか、そんなもの。第一、俺は爺だぞ、液晶画面は見えやしない。
 許せないのは老人・妊婦専用席に若い男女が平然と腰掛けて席を譲らないこと。これが男の時、私は伸ばした脚の間に立って、電車の揺れを利用して靴を踏みつけてやる。そして「ゴメン、足が弱ってるんでね」と、極めて感情こもらない口調で謝る。それでも奴は席を譲らない。敵ながら天晴れ(あっぱれ)だ。
 その席ではケータイの使用は禁止されている。なのに彼らはピコピコやっている。ある日、私は「うっ、く、苦しい。ペース・メーカーが変だ」と呻いてみせた。ペース・メーカーは使っていないが、迫真の演技をする。さすがにこれは効果があって、ピタリとやめた。「これからもやろーっと」と私は決めた。
 女子高生の車内の騒音がこれまた凄い。だが、誰も聞いて聞かないふりをして、注意しない。私はたまりかねて「じゃかましわい、おんどれら。静かにせんかい」と怒鳴った。腹が立った時、疎開したまま6年間住みついた和歌山弁になる。翻訳すると「やかましいぞ、てめえら、静かにしろ」である。
 これは効果があった。しかし、私の周囲の人たちまでも、何となく気味悪がっているのが気の毒だった。静かにはなったが、彼女たちは「あいつ、頭が変なんだよ」「目付き悪いよ」と囁きあっているのが聞こえる。鶯谷駅で降りる時、わざわざ彼女たちがいる扉の方に行った。彼女たちの目に怯えが走る。
 私は人情味がある。このままじゃ可哀そうになってしまって、降りる時に振り返って「タリラリラーン、これでいいのだ」と言ってあげた。これは赤塚不二夫の『バカボンのパパ』の常用句なのだが、どうしたことか、彼女たちの表情はいっそうの怯えに凍りついた。その後のことは知らない。
 「腹が立ったら和歌山弁」にはもう一つある。つい先(せん)立ってのこと、満員電車に乗った折、空席があったのでそこに坐った。その直前、後ろで誰かの声がした。坐って文庫本を開いたが、ふと視線を感じたのでそっちを見ると、肥った五十がらみの男が私を睨んでいる。睨まれて睨み返さないのは、礼儀正しい私には耐えられない非礼に思えたので、睨み返してさしあげた。そのまま十数秒。
 ふと気付いた。何か声がしたのは、私が彼の靴をうっかり踏んだのかも知れない。しかし、次の瞬間、立ち上がった私の口から出た言葉は「汝(われ)、何ぞ文句あるんか、早(はよ)言え、このスットコドッコイ」だった。御徒町でその男は慌てて降りた。ひょっとすると、私は脅迫したのだろうか。この優しい爺さんにそんなつもりはなかったんだけど。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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坂口和澄 さかぐちわずみ 不自由業
1934年台東区根岸生まれ。現在上野桜木町に在住。デザイン仕事のかたわら、中国史を研究。著書に「正史三国志群雄銘銘伝」(光人社)、「三国志群雄録」(徳間文庫)などがある。「谷根千」82号に「根岸だより」を寄稿。
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