34 阿漕なことしちゃお天道様が赦しません
戦前、悪知恵の限りを尽くして人を瞞し、金儲けしていた夫婦が近所にいた。あまりのやり口の酷さは広く同級生の耳に伝わっていたくらいで「あいつら、今度は何やったんだい」と訊かれたこともある。母は常々、「あんな阿漕(あこぎ)なことしてちゃ、お天道(てんと)様が赦しっこないわ」と言っていた。
さて、この「阿漕」。「どこまでもずうずうしい」「ありったけ貪ぼる」ことと、そのさまを指す。伊勢の阿漕ヶ浦の密漁漁師の伝説や、その漁師の亡霊のざんげ話を主題にした謡曲(世阿弥作)に由来するものである。
数年前、仕事の見積書を出したら40パーセントも値切られた。あんまりである。私は思わず、「これでは阿漕も度が過ぎます」と言って交渉は物分かれとなった。ふと気付いたのは、私が「阿漕」と言った時、二十代の先方の編集者が戸惑った表情をしたことだ。どうやらこういう言葉も死語になった、とその時に感じた。ついでに言えば「お天道様が赦さない」なんて言い方も聞かなくなって久しい。
さらに「銀流し」。これは戦前の早い時期に死語となってしまった。これにまつわる思い出を一つ。
1939年4月から1944年11月まで、『陣中倶楽部』という前線の将兵に送る娯楽雑誌があり、陸軍恤兵(じゅっぺい)部が講談社に委嘱して発行されたものである。伯父がこの雑誌にも挿絵を描いていた関係でこれが手に入った。 初め2、3年間は結構分厚く、戦意昂揚の文章のほかに小説、講談が掲載されていた。その中の大正時代を舞台にした小説に「あいつはご承知どおりの銀流しで」云々の文章があった。
さあ、これがわからない。困って私は父に「銀流しってどういうこと」と訊ねた。「ああ、銀流しか。四谷のケージローみたいな奴や」と答えた。「そう、ケージローさんか」と私は即座に理解した。この男、時々我家に来ることがあった。ポマードをこってり塗りつけたテカテカ頭の妙に色の生っ白(ちろ)い男で、金持ちぶって人を小馬鹿にした調子で「フフフフ」と笑う。金を出すのは大嫌いで、もらう物なら屁でも喜ぶと噂されていた。
こいつは「フフ、さいでげすか」と言えば、その女房は「あらま、さいざますか。あたくし、そのような趣味は、あいにく持ち合わせてござあませんのよ、オホホホ」という調子。そばで聞いていると鷄肌(とりはだ)が立つ(これは正しい用法)ので、私はいつも二階に逃げた。
蛇足を加える。「銀流し」とは水銀に砥粉(とのこ)を混ぜて銅や真鍮に塗り付けて銀色にするが剥げやすい。このことから「外見はいいが質が悪い、見掛け倒し」「金持ち面をしながら出すのを渋る人」を意味する。
「ざあます言葉」は江戸後期の遊女言葉「ざます」から変化したもので、東京山の手の有閑マダムが用い始めたとされる。これが聞かれなくなったことだけは嬉しい。もし最近、お聞きになられた方がいたらお教えください。
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