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あれやこれやの思い出帖

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16、父と子で代わる代わるに犬となり
2006年4月21日(金)  坂口和澄 さかぐちわずみ
 初冬になると必ず庭先にやってくる鵯(ひよ)の姿がめっきり減ったのは、烏が増えたせいなのか。その一方で、二月上旬には目白が姿を見せ、三月になれば鶯も来る。幼鳥なのでホーホケキョと啼けず、時々「ホケ、ホケ」と啼く。聴いて私は自分が嘲られているのかと僻(ひが)む。だって「呆け、呆け」と聞こえるんだもの。
 鵯について思い出がある。父は七十歳近くになって狩猟免許を取った。学科試験も一発でOK、視力も問題なし。「儂(わし)は目玉が大きいさかい、目がええんや」と自慢していたが、これは当てにはならない。
 TV映画『アンタッチャブル』でFBIが使っておなじみのウィンチェスターM12と、フランキー自動四連銃を購入、私を連れて和歌山の山奥の実家に行った。勝手知った生まれ故郷、谷間から飛んで来る山鳩がどの辺りの木にとまるか目星をつけ、その木の近くに身を潜ませる。
 狩猟と言ったって犬を東京から連れて行くわけじゃない。父が撃つ時は私、私が撃つ時は父、代わる代わるにイヌになった。この犬は決して幕府の密偵(イヌ)ではない―、とここまで書いて喩(たと)えの古さに気付いた。でもこれで良いや、あたしゃ賞味期限をとっくに過ぎた人間だから。
 身を潜ませて射たれた鳥が落ちてくるのを拾う。山鳩を狙うのだが、時には鵯が混じっていた。鵯は禁鳥だ。父にそう言うと、「このごろは鳥も化けるのが巧(うも)なって、鳩いうたかて(鳩とはいっても)ほんま、鵯に見えるでぇ」ととぼけた。さらに「一晩経てば鳩の姿に戻るわ」と付け加えた。ほんとうに悪い人間である。真面目な私にゃ堪えられぬ。
 父は小枝を切って鈎状にし、肛門に入れて腸(わた)を器用に掻き出す。こうして冷蔵庫に入れておけば、五、六日後、東京に戻るまで腐らないという。東京に帰ると、母は十数羽の羽を取り除き、家族五人で焼いて食べた。鶏より遥かにおいしかった。子供たちも大喜びである。鵯は父の言葉どおり鳩になっていた・・・?!
 山奥は全く静かで、百五十メートルも離れた家の庭先の鶏が羽ばたく音さえ聞こえてくる。「静か過ぎて大きな屁もこかれへん」と父は言い、小さくスーッ。この日、父は妙に多弁だった。そのせいなのか、キントンの出し方の作法を教えてくれた。「和澄、キントン出す時は最初は一番奥の方からせえよ」と言う。「近間から始めりゃ、次にキントンを出す時、それを踏んでまうやろが」。
 これこそ生活の知恵である、経験の成果である。私は謹んで教えに従ってキントンを出した。二人して出したキントンは六日間で計十二個所。あれからもう四十年近くになる。貴重な遺跡は風化して跡形もあるまい、ああ。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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坂口和澄 さかぐちわずみ 不自由業
1934年台東区根岸生まれ。現在上野桜木町に在住。デザイン仕事のかたわら、中国史を研究。著書に「正史三国志群雄銘銘伝」(光人社)、「三国志群雄録」(徳間文庫)などがある。「谷根千」82号に「根岸だより」を寄稿。
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