2010年8月12日
一年生日記に入るページがわからなくなり、やっと見つけました。
5月に友人のお嬢さんの結婚式に出るため、あゆみとコネチカットまで行きました。ニューヨークは初めて。自由の女神をみるために、出国審査のような厳しいゲートを通過したり、ハーレムでゴスペルも聞きました。結婚式は海の見える丘の上に建つ素敵なお屋敷で行われ、小さなころしか知らないお嬢さんが、素敵なお嫁さんになりました。結婚したら、フロリダに住むというので、どうしてかなと思いました。お母さんは「少しでも日本に近いからだって」と教えてくれました。そうなのかなあ。でも、帰りの飛行機で実感しました。4時間くらい飛んで、やっとアメリカ大陸を横断したのでした。足はむくむし、身動きは取れないし、エコノミー症候群になるところでした。
6月は学校の体育祭、安田邸の落語会、音楽会、7月の七夕朗読会、ほおずき千成り市。
あゆみはお弁当を持って自転車で毎日学校へ。
ゆず子は4月からお菓子の学校へ週一回通うことになり、やはりプロの技を習い始めて、ケーキが一段と美味しくなりました。
復習のため、毎日キッチンでお菓子を焼くので、テーブルの上でホットプレートが活躍。
子供のころからの夢が少しずつ実現しているようです。
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2010年5月3日
5月5日まで、千駄木旧安田楠雄邸で五月飾りと加藤一冑展やっています。加藤さんの実演あり、全館甲冑や兜を飾っています。お出かけください。(10時半から4時まで。3時閉門です。靴下お忘れなく)
さてさて、忙しさにかまけて更新もおろそかになっていました。
ちょっと前のこと、娘から回転寿司へ行きたいと連絡があり、もう名前を書いて予約してきたから、30分後に店に来てね、という。
時間を見計らって行くと店内はすごい人。子供づれの家族が多い。
回転寿司は勝浦で一度入ったことがあるが、あの時は輪の中心で職人が握っているのが見えた。
ここは二つの流れが細長く回っていて、握る職人はまったく見えない。
どうものれんの陰で作業しているようだ。
案内されたのは、寿司の流れに対して直角に配置されたテーブル席。娘たちがさっさと奥に座ったので、私は寿司レーンから遠い。
やられた!
バンバン回っている寿司に気をとられていると、あゆみが手馴れた調子で箸を配ったり、お茶を入れる。
ガリは四角い入れ物に入っている。好きなだけ食べな、ということか、それだけは私の前においてくれた。(子供はガリを食べない)
各テーブルに小型画面が取り付けられており、タッチパネルで味噌汁やビールなどを注文できる。
回っている寿司以外のものを食べたいときもこれでピピッと注文する。
特注の前に基本的な腹ごしらえ。あゆみは躊躇せずにバンバンお皿を選んでいる。
トロサーモンがけっこういける。生タコもシソの葉でさわやかな味じゃあないか。
わさびは後付、席から届く位置に醤油でもわさびでも、お茶の粉でも何でも置いてある。
あっという間に皿が積みあがってしまった。
が、一枚100円だそうで、10枚ずつ重ねておくと、会計が見えてくる。(半額はゆず子が払うことになっているのだ)
注文品はわかるように流れてくる。機械からまもなく注文品が流れてきます、というようなメッセージ。
流れに逆らわないようにして、皿を掬い取る。
気になるのは寿司の間に、ピンク色でハートの形をしたモナカ(?)とか、プリンとか、団子とか、四角いパックのジュースなども流れていること。
北京ダック寿司、焼いた豚肉がのった寿司など、誰が食べるのか????と思うようなのも3皿ずつ流れているのだが、2週目には1つ、2つと減っている。
カリフォルニア巻や、マヨネーズであえた??が軍艦になっている。ナンダロウ?ハンバーグなんていうのもあったかも。
その流れの向こうに、2歳くらいの可愛い坊やの顔が見え隠れしている。
値段も味も、ラインナップも子供づれで来るにはもってこいの場所なんでしょう。流れを見ているだけで子供は飽きないだろうし。ベビーカー横付けの人もいるし、なにしろ小さい子連れ家族が多い。
中国の留学生らしき11人のグループが寿司の行列をバックに記念写真を撮っていた。
私はひたすらあゆみの選んだ皿の2カンのうちのひとつを口に運び、皿を積み上げる。
急にお腹がいっぱいになってきた。
寿司のあとにありえないデザート(リッチな卵プリンと、トロピカルなゼリーなど)をそれぞれ食べ、終了。
回転寿司はうわさに聞いていたが、こんなことになっているとはびっくり。
あゆみは「あんまり人と口きかなくていいし、うちは好きだな」と。
ちゃんとしたすし屋さんにはなかなか連れて行ってあげられないのだけれど、ちょっと寂しい言葉。
コンビニで買い物し、回転寿司でご飯、気ままに暮らせるけど、誰とも口をきかなくて良い日が多くなるだろう。
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2010年4月15日
水曜日は次男のアルバイトが休みなので、家族揃う唯一の日。
「今日の夕飯は何かなあ」なんてつぶやく声が聞こえてくると、母としてはちょっと嬉しくなる。
7時20分、準備開始。
出来上がりから逆算して、何から下ごしらえをしようと瞬時に考える。
先日、次男が結婚式に出て、カタログ引き出物でヘンケルの包丁をいただいた。
我が家の台所の包丁はどれもこれも切れなかったので、この包丁の切れ味のおかげで、みんな調理が楽しくなった。
何でも千切りやみじん切りにしたくなる。
本日はチンジャオロースーがメイン。レンコンのきんぴらやくらげの酢の物は作っておける。
もやしのナムルはパパッとできる。太い大根が一本、これは厚揚げと煮物にしよう。
タケノコは早めに糠を入れて茹で、しばらくアクを抜いた。
野菜を千切りにし、最後にチャチャッと炒めれば熱々が・・・。
その前に白菜とわかめでスープを作って、最後にかき玉汁にしよう。
と思って、炊飯器を確認したところ、なんとご飯が焚けていなかった。
あわててスイッチオン。
炊けるころを見計らって8時ちょっとにみんなが食堂に集った。
食卓も整い、さあ、いただきます。
あれ、ご飯がないよ。
今焚けるから。
チンジャオロースーの皿を中心に、周りに並んだものを遠慮がちに少しずつ味見をする子どもたち。
炊飯器に見に行くこと20回。
この炊飯器、炊き上がってもウンともスンともピーとも言ってくれない。(「さっきから炊けていましたよ」とすましているような、よそよそしさがある)
前のが壊れて、使っていないのを譲ってもらったのだが、一昔前の仕様なのか、予約炊飯は4時間8時間10時間と大雑把だし。
米を洗って水をここまで入れて、という線が釜を同色でほとんど確認できず、いつも目分量。
譲ってもらって文句は言えないが、炊きあがりぐらいピーと教えてくれてもいいじゃないか。
8時25分、ご飯が炊き上がり、茶碗に盛った瞬間、チンジャオロースーはお皿から消え、あっという間に夕飯は終了したのだった。
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2010年4月11日
高校1年、まだ新学期始まって何日もたっていないのに、憂鬱な顔をしている男の子がいる。
頑張って入った高校は40人8クラス。
都立高校ならまあ、普通の規模である。
しかし、いままで40人足らずの学年をやっと2つに分けて、1クラス16,7名の中学に通っていた。
高校へ行って、40人もの生徒がひとつの教室にいるというだけで息が詰まりそうだという。
学校のどこへ行っても人人人。今までにない環境なのだ。
しかも都内から集ってきた優秀な子ばかり。
地下鉄で千駄木に戻ってくると、知っている顔を見つけてほっとするという。
そうかあ、わかる気がする。
保育園も1組18人だったし、小学校も小規模。
あゆみたちは隣の学校で、区内でも多い小中学校をでたけれど、谷根千地域でも少ない学校は1クラスしかない。
区内の中学校が自由選択できるようになって、人気が集中するのか学校によって人数が大幅に違う。
いつまでも腕の中にいるわけにはいかない。
徐々に環境になれると思うけれど、今の彼は切実だ。
「明日の午後1時に君が学校でどうしているかなと思うから、私が応援していること思い出してね」というと、ありがとうございます、とぺこりと頭を下げた。
口には出さないけれど、あゆみも多少は同じことを感じているのだろう。
きっと来週はニコニコいつもの調子で会えるだろう。
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2010年4月8日
暖かい日が続くと思ったのも束の間、寒い入学式でした。
あゆみ高校1年生になりました。
学校に来るのは3回目。駅から式に間に合うように必死に歩く。こういうのが私には辛い。
ほとんどの人が席についている中、ぽつんと空いている席を見つけ、前のほうに座る。チラッと横を見ると、同じ横列のとなりの組に知った顔。Yの甥っ子の息子さんが同級生になったのだ。そうだった。Yが高知からよろしくねって電話もらったな。不思議なご縁です。
式の後、教室で担任からご挨拶があった。
頭髪検査を厳しくしていて、染めたりパーマは禁止。
天然パーマや茶色っぽい髪の人は「地毛届け」を出してください。というので、ブッと噴出してしまったが、届けのいる方? というと、何人ものお母さんが手を上げた。
運動系の部活で紫外線で色が抜けるとか。
あるお母さんが、「うちは天然パーマで短く切ったら膨らんでしまったので縮毛矯正をしようと思うのですが、どう書けばいいでしょう」と質問した。
縮毛矯正が普段の姿だと思っていたら、下から生えてきた髪の毛が縮れていて、「パーマをかけているんじゃないか」と言われることもありそうだ。黒く染めていて、それが普段の髪と思っていたら、下から茶色の髪の毛が生えてくるのも考えられる。日焼け防止スプレーというのもあるそうだ。
先生は「とにかく現状の様子を書いてください」という。
12年前の話だが、長男の入学式で話をした生徒会委員長は緑色の髪の色をしていた。あの時先生は「皆さんびっくりされたと思いますが、髪の色も個性ですから」と説明した。洋服も自由、持ち物も、化粧も、アクセサリーも自由だったが、乱れた服装をしたり、派手な化粧をする子はいなかった。今でもあの学校は制服もなく、自由自律でやっているのだろうか。
あゆみは本日から通常授業へ。
朝シャンして、お弁当を持って7時45分に家を出ました。
今までのセーラー服もかわいかったが、ブレザーにリボン、チェックのスカート姿がまぶしい。
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2010年3月23日
卒業式も終わり、「最後のセーラー服だね」なんてセンチなことは嫌いと、さっぱりした娘だ。
連休の最終日。4月から自転車通学を希望しているあゆみだが、いまだに自転車で高校に行ったことがなく、ルートがわからないというので、行ってみようということになった。
まず、自転車を買いに。今まで乗っていたはミニサイクル。これは長女と共有で、あゆみは塾に行くときぐらいしかつかわなかったので、ほとんどお姉ちゃん専用だった。
専用の自転車をということで、近くの店に行ってみたのだが、いっぱい並んでいる割に24インチがない。26だと足がちっともつかない。(ほとんど26と27インチ)26にまたがって精一杯つま先立ちしているあゆみはいじらしい。しかし、これを買って事故になったらと、考えてしまう。26インチはダメダメ。
しかし、数少ない24インチは、ほとんどパステルカラーお嬢様御用達みたいな色と形。あゆみの一番嫌うところ。「黒かシルバー」という簡単そうな願いは、かなえてあげられない。
いったん店を出て、違う自転車店を見てみる。去年の夏に葬式の帰りにパンク修理してもらった店だ。沢蔵主稲荷のお使いか? と思ったほど、あの時はこの店に救われたのだ。
店のお兄さんは静かな声で、「24インチを置いている店は少ないんですよ。もしあったとしても、たくさん並べるほどは置いていないと思いますよ」と、宮田自転車のカタログをくれた。これで気に入ったのを注文すれば黒も手に入る。しかし、あゆみは今日買って、その足で学校まで行きたいと言うから、残念ではあるが、もう一回前の店に戻る。
結局、シルバーの24インチが1台見つかり、それに決定。
体が小さいということで、いろいろ簡単には手に入らないことが多かった。スキーウエア、自転車、洋服、靴、子供っぽい柄や形が嫌いだからなおさら難しい。
まあ、とにかく前にかごが付き、後ろに荷台が付いているので、これからは買い物にも行ってもらえる。(これまでは兄二人とあゆみたちの自転車、どれも前かごさえついておらず、買い物をしても私一人が荷物を運んでいた)
さあ、出発。本郷通りをまっすぐ。途中、一里塚だの、飛鳥山の説明をするのだが、今、そんなこと聞いたって、わからないよ。とブーブー。王子の駅前まではすんなりきたのだが、このあたり、大きくカーブする都電の路線もあるので、道を渡れなかったり。そのまま坂を下ったら目的地がわからなくなり、駅付近でウロウロ。
結局1時間近くかかって学校に到着。もうヘロヘロ。でも、電車に乗って帰るわけにも行かないので、王子駅までの道を確定しつつ、また本郷通りを戻る。駒込辺りで起伏があり、少し下ってまた上る。これくらいはまあ、ギアなしの自転車でも対応できるみたいだ。(24インチにはギアがないといわれたが、それは気にしていないようだった。今になって後悔しているようだ)
家に帰り着くと、腿がもう完全に上がらない。疲れた。もうダメ。アシスト自転車の私がこれだから、あゆみはもっと疲れているに違いない。
本当に毎日学校に自転車で行けるのだろうか。上3人も自転車通学だったが、平坦地をひたすら走っていたからまだ良かったのだが。
通学時間を考え、逆算するとお弁当を持って出るには、私は一体何時に起きなければいけないのだろうか? お弁当の作り方も春休み中に教えておかなくちゃ。
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2010年2月22日
2月も半ば過ぎ。パソコンを置いていた場所を自宅に切り替え、環境を整えたつもりだったが、いまだ落ち着かない。
あゆみはおかげさまで早々と進路が決まり、ほっとするも、このままずっとのんびりしていてはいけないと思い、心を鬼にして合格発表あった日も「続けて塾には行くように」とメール。「わかってるよ」といまだに一日3時間の塾通い。いまのうちに中学までの基礎的なものを身に着けておかなければ、と思っている。
来年から推薦の制度が大きく変わるらしい。ゆとり教育という方針が見直され、やっぱりこれではだめだということになったんだって。最初からわかっていた気もするが。とにかくゆとり教育最後の落とし子たちらしい。一概には言えないが、大学を見ても、入るときに大変な思いをして、出るのが容易な感じがする。推薦だと入るときも出るときも容易で、箍が緩んじゃうのか。いつかはやりつくさなくちゃいけないと自分で悟らないと、何をやっても変わらないんだろう。
最近のあゆみを見ていると、短い期間でもかなり進歩や成果が上がるというのが理解できた。これが自信につながってくれればと願い、そして若いってうらやましい、と私はちょっとうらやましい。
というわけで、かなり切羽詰った状況ではあったが、一件落着。
その後、学友たちがまだ受験真っ只中であったので、バレンタインにみんなに配らなくてはと、30もの友チョコをお姉ちゃんと作り、家は真夜中のチョコレート工場と化す。
お世話になった英語塾の先生にもお礼にチョコレートケーキを作って持っていく。ハートのチョコにチョコペンで「サンキュー」と書くという。「スペル間違えたら恥ずかしいよねー」というと、「決まってるよ」といいながらも緊張して、「Tの次はhだったよね」と手が震えている。かわいいー。帰ってきたあゆみに「先生に渡せたの?」と聞くと「ワォ、センキュアユミだって」。
高校の制服も相変わらずSサイズだったとか。高校のうちにせめてMサイズにと思う母です。
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2010年1月14日
普段あまり行かないB銀行へ行った。ATMの機械の前に行くと、それだけでも緊張するのに、引き出しを押してカードを差し込んでも入っていかない。何度やってもうまくゆかないので、フロアレディと呼ばれる人に「すみません」と声を掛ける。「どうしましたか?」「カードが入らないんですけれど、特別なカードじゃないと入らないですか?」「いいえ、そんなことはありません。カードがさかさまなだけですよ」えー!!!。真っ赤なカードの差し込むほうに、そういわれると▲マークのようなのが書いてあるが、反対側にも似た様な模様があったので、すっかりそっちだと思い差し込んだのだ。いつものA銀行では一度もそういうことがないのに。恥ずかしい。引き出しの金額を入れると、カード、通帳、紙幣、貨幣が同時にガバッと出てきた。カードを取り、通帳を取り、紙幣を取り、その間中、早く貨幣を取れとばかりにパホパホパホパホいう音がずっと鳴っている。何だか現金強盗したんで警告音を鳴らされているみたいな気分。
その後、両替の機械の前に立つと、カードを入れろとある。あれ、現金でおろしたのを両替するのではなく、引き出しながら両替する機械なの? また、呆然としてしまって、再びフロアレディに目配せすると、また来てくれた。「すみません、現金を両替できないんですか?」「いいえ、できますよ」「カードを入れろと書いてあるけれど」「それはキーのようなもので、それを入れないと両替できないんです。引き落とししながら両替はできませんよ」という。じゃあ、カードもっていない人は両替はできないのか?
一回に50枚までとかいう機械で、現金を入れて、5000円を何枚、500円を何枚、とかやる。本当は細かい金種で欲しいのだが、窓口でそれをすると手数料がかかる。いやあ、やっかいだ。
銀行によってこういう機械がさまざまで、振込み先を打ち込む五十音が逆に並んでいたり、比べたことはないけれど数字の並びも違っていて、打ち間違えたり、探すのに時間がかかったり。
確かに人の口座から預金を引き出したり、振り込め詐欺だのなんだのの予防もあるけれど、もうちょっとわかりやすくしてくれー。あのサイレンやめてくれー。
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2010年1月14日
寒い日が続いている。我が家もみんなが集る食堂は、エアコン、ホットカーペット、オイルヒーターなどの準備はあるものの、総て電気を使うので、電子レンジやホットプレートなどと同時に使うと、ボンとブレーカーが落ちてしまう。それで、エコも兼ねて1枚厚着をし、ひざ掛けを腰に巻いたり、タオルケットを体に巻きつけたり。それでも寒いと、ホットカーペットを低音にして、ベタッと床にへばりついて暖をとっている。あゆみはすっぽり黄色いひよこの着ぐるみをきて、その不思議な姿もようやく見慣れてきたが、とにかく寒い。
友人が来たので、エアコンをつけたが部屋が暖まらない。「二重サッシにまでしたのに、何で部屋が暖まらないのかなあ」と言うと、やおら椅子の上に乗り、エアコンの前蓋をあげて「これじゃない?」という。見るとフィルターが真っ白けの埃だらけ。ぎゃー。「いつ掃除したの?」「うーん、この間、掃除機で吸い取った気がするけど」本当にいつだったか。
目に見える汚れ、テレビの回りや床、台所床の野菜の皮、脱衣場の髪の毛、洗面所の水垢などはこまめにやっているつもりだったが、そこまで気が回らなかった。
「いまやっちゃおう」と友人。「いまですか?」
フィルターをはずし、掃除機で吸ってみたがすっきりせず、水洗い。微粒子が水に浮くので、何度もすすぐ。こんな汚いフィルター使ってたんだと怖くなる。そうだ、エアコンの掃除用スプレーを買ってある。出してくると、友人が下に養生のビニールを敷いて、てきぱきと仕事は進んだ。前蓋も取り外したついでに水洗いして、すっきり。「汚い水は外に流れるから大丈夫よ」。その汚い水、確認したら、びっくりするだろう。
「10分たったから、もうエアコンつけてみて」。
あっという間に部屋が暖かくなった。作業を始めてまだ15分。
みんなで震え上がっていた日々は何だったのか。友人は「あたしこういうこと好きなのよ。ほかに何か分解するものとかない?」って。
重い腰が持ち上がらないで、明日、明日と思っているこんなことが家にはいっぱいあるんだ。きっと私の部屋のエアコンもすごいことになっているだろう。明日からは、すぐやる人になろうと決心。
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2010年1月7日
昨日の話しは、まだ2009年のことでした。
元日の御節はどうしましょう、とゆず子に相談すると、栗きんとんとは言わず、握り寿司を食べようという。手巻き寿司どまりだった仰木家で、握りということになって、ネタを31日に仕入れ、元旦の朝から大騒ぎ。6合のお米を寿司飯にし、寿司用に広めに刺身をそぐ。瑞樹が卵を焼き始めるも、うまく行かず、バトンタッチ。焦がした分、切ってみたらトラ柄の玉子焼きでなかなか。商品化できないかしら。
握り担当は3人。大きすぎるよ、それ。ごろごろ並んだ握りにネタを載せるが、かっこ悪い。同じネタばかり載せると、ご飯足りなくなるよ。黒塗りの銘々皿に並べてみる。マグロにタイにハマチに甘エビ、イクラにホタテにイカ・タコ。まあ、このくらい楽勝でしょう。
準備に1時間以上かかり、ひとまず食べようと言うことになった。3つくらい食べたら、お腹がいっぱいになってきた。やっぱり握りが大きすぎ。と少しずつご飯を欠いて、自分で握りなおし。楽勝と言っていた瑞樹も「もう食えねー」とギブアップ。
握るのに時間がかかりすぎて、ご飯は冷たいし、やっぱりお寿司はお店で食べたほうが良いと言うのが結論。
正月の朝からやるものではないけれど、楽しかった。けれど家族総出の寿司屋はすぐ閉店しました。
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