いろいろなことがありました

2010年2月22日

2月も半ば過ぎ。パソコンを置いていた場所を自宅に切り替え、環境を整えたつもりだったが、いまだ落ち着かない。
あゆみはおかげさまで早々と進路が決まり、ほっとするも、このままずっとのんびりしていてはいけないと思い、心を鬼にして合格発表あった日も「続けて塾には行くように」とメール。「わかってるよ」といまだに一日3時間の塾通い。いまのうちに中学までの基礎的なものを身に着けておかなければ、と思っている。
来年から推薦の制度が大きく変わるらしい。ゆとり教育という方針が見直され、やっぱりこれではだめだということになったんだって。最初からわかっていた気もするが。とにかくゆとり教育最後の落とし子たちらしい。一概には言えないが、大学を見ても、入るときに大変な思いをして、出るのが容易な感じがする。推薦だと入るときも出るときも容易で、箍が緩んじゃうのか。いつかはやりつくさなくちゃいけないと自分で悟らないと、何をやっても変わらないんだろう。
最近のあゆみを見ていると、短い期間でもかなり進歩や成果が上がるというのが理解できた。これが自信につながってくれればと願い、そして若いってうらやましい、と私はちょっとうらやましい。
というわけで、かなり切羽詰った状況ではあったが、一件落着。

その後、学友たちがまだ受験真っ只中であったので、バレンタインにみんなに配らなくてはと、30もの友チョコをお姉ちゃんと作り、家は真夜中のチョコレート工場と化す。
お世話になった英語塾の先生にもお礼にチョコレートケーキを作って持っていく。ハートのチョコにチョコペンで「サンキュー」と書くという。「スペル間違えたら恥ずかしいよねー」というと、「決まってるよ」といいながらも緊張して、「Tの次はhだったよね」と手が震えている。かわいいー。帰ってきたあゆみに「先生に渡せたの?」と聞くと「ワォ、センキュアユミだって」。

高校の制服も相変わらずSサイズだったとか。高校のうちにせめてMサイズにと思う母です。

1月14日 銀行

2010年1月14日

普段あまり行かないB銀行へ行った。ATMの機械の前に行くと、それだけでも緊張するのに、引き出しを押してカードを差し込んでも入っていかない。何度やってもうまくゆかないので、フロアレディと呼ばれる人に「すみません」と声を掛ける。「どうしましたか?」「カードが入らないんですけれど、特別なカードじゃないと入らないですか?」「いいえ、そんなことはありません。カードがさかさまなだけですよ」えー!!!。真っ赤なカードの差し込むほうに、そういわれると▲マークのようなのが書いてあるが、反対側にも似た様な模様があったので、すっかりそっちだと思い差し込んだのだ。いつものA銀行では一度もそういうことがないのに。恥ずかしい。引き出しの金額を入れると、カード、通帳、紙幣、貨幣が同時にガバッと出てきた。カードを取り、通帳を取り、紙幣を取り、その間中、早く貨幣を取れとばかりにパホパホパホパホいう音がずっと鳴っている。何だか現金強盗したんで警告音を鳴らされているみたいな気分。
その後、両替の機械の前に立つと、カードを入れろとある。あれ、現金でおろしたのを両替するのではなく、引き出しながら両替する機械なの? また、呆然としてしまって、再びフロアレディに目配せすると、また来てくれた。「すみません、現金を両替できないんですか?」「いいえ、できますよ」「カードを入れろと書いてあるけれど」「それはキーのようなもので、それを入れないと両替できないんです。引き落とししながら両替はできませんよ」という。じゃあ、カードもっていない人は両替はできないのか?
一回に50枚までとかいう機械で、現金を入れて、5000円を何枚、500円を何枚、とかやる。本当は細かい金種で欲しいのだが、窓口でそれをすると手数料がかかる。いやあ、やっかいだ。
銀行によってこういう機械がさまざまで、振込み先を打ち込む五十音が逆に並んでいたり、比べたことはないけれど数字の並びも違っていて、打ち間違えたり、探すのに時間がかかったり。
確かに人の口座から預金を引き出したり、振り込め詐欺だのなんだのの予防もあるけれど、もうちょっとわかりやすくしてくれー。あのサイレンやめてくれー。

1月13日 エアコン

2010年1月14日

寒い日が続いている。我が家もみんなが集る食堂は、エアコン、ホットカーペット、オイルヒーターなどの準備はあるものの、総て電気を使うので、電子レンジやホットプレートなどと同時に使うと、ボンとブレーカーが落ちてしまう。それで、エコも兼ねて1枚厚着をし、ひざ掛けを腰に巻いたり、タオルケットを体に巻きつけたり。それでも寒いと、ホットカーペットを低音にして、ベタッと床にへばりついて暖をとっている。あゆみはすっぽり黄色いひよこの着ぐるみをきて、その不思議な姿もようやく見慣れてきたが、とにかく寒い。
友人が来たので、エアコンをつけたが部屋が暖まらない。「二重サッシにまでしたのに、何で部屋が暖まらないのかなあ」と言うと、やおら椅子の上に乗り、エアコンの前蓋をあげて「これじゃない?」という。見るとフィルターが真っ白けの埃だらけ。ぎゃー。「いつ掃除したの?」「うーん、この間、掃除機で吸い取った気がするけど」本当にいつだったか。
目に見える汚れ、テレビの回りや床、台所床の野菜の皮、脱衣場の髪の毛、洗面所の水垢などはこまめにやっているつもりだったが、そこまで気が回らなかった。
「いまやっちゃおう」と友人。「いまですか?」
フィルターをはずし、掃除機で吸ってみたがすっきりせず、水洗い。微粒子が水に浮くので、何度もすすぐ。こんな汚いフィルター使ってたんだと怖くなる。そうだ、エアコンの掃除用スプレーを買ってある。出してくると、友人が下に養生のビニールを敷いて、てきぱきと仕事は進んだ。前蓋も取り外したついでに水洗いして、すっきり。「汚い水は外に流れるから大丈夫よ」。その汚い水、確認したら、びっくりするだろう。
「10分たったから、もうエアコンつけてみて」。
あっという間に部屋が暖かくなった。作業を始めてまだ15分。
みんなで震え上がっていた日々は何だったのか。友人は「あたしこういうこと好きなのよ。ほかに何か分解するものとかない?」って。
重い腰が持ち上がらないで、明日、明日と思っているこんなことが家にはいっぱいあるんだ。きっと私の部屋のエアコンもすごいことになっているだろう。明日からは、すぐやる人になろうと決心。

お正月2  1月7日

2010年1月7日

昨日の話しは、まだ2009年のことでした。
元日の御節はどうしましょう、とゆず子に相談すると、栗きんとんとは言わず、握り寿司を食べようという。手巻き寿司どまりだった仰木家で、握りということになって、ネタを31日に仕入れ、元旦の朝から大騒ぎ。6合のお米を寿司飯にし、寿司用に広めに刺身をそぐ。瑞樹が卵を焼き始めるも、うまく行かず、バトンタッチ。焦がした分、切ってみたらトラ柄の玉子焼きでなかなか。商品化できないかしら。
握り担当は3人。大きすぎるよ、それ。ごろごろ並んだ握りにネタを載せるが、かっこ悪い。同じネタばかり載せると、ご飯足りなくなるよ。黒塗りの銘々皿に並べてみる。マグロにタイにハマチに甘エビ、イクラにホタテにイカ・タコ。まあ、このくらい楽勝でしょう。
準備に1時間以上かかり、ひとまず食べようと言うことになった。3つくらい食べたら、お腹がいっぱいになってきた。やっぱり握りが大きすぎ。と少しずつご飯を欠いて、自分で握りなおし。楽勝と言っていた瑞樹も「もう食えねー」とギブアップ。
握るのに時間がかかりすぎて、ご飯は冷たいし、やっぱりお寿司はお店で食べたほうが良いと言うのが結論。
正月の朝からやるものではないけれど、楽しかった。けれど家族総出の寿司屋はすぐ閉店しました。

お正月

2010年1月6日

あけましておめでとうございます。引越しが一段落して、安田邸での極寒のピアノ発表会も無事終わった。しかし、その夕方、あゆみが寒気がすると言い出した。やっぱり風邪ひいちゃったか。それなのに、提出しなければいけないという英語の宿題をやっている。もういいからと無理やり休ませた。あくる朝、いつもは飛び起きてくるのに、寝込んでいる。「どう?」「ダメみたい」。ということで、学校に連絡を入れると、病院でみてもらうようにと。
病院へ行くと、休診日。次の病院を探すと、昼休み。あちこち彷徨って、私のかかりつけに行く。小児科ではないが診てもらった。「インフルエンザA型ですね」。
中学校に連絡。学校ではあゆみを含めて7人くらいインフルエンザの連絡が入ったとかで、1時間目の授業を終えた段階で、学年閉鎖。そのまま一日早めて通知表を渡したと言う。
あゆみ本人は、薬をもらい、「とんだクリスマスになっちゃった」と言いながらも、おとなしくしていたので、熱もそれほど上がらずに、2日くらいで落ち着いた。
それでも外出は薬が切れるまではだめ。「おかあさん、年賀状買ってきて。ついでになんか可愛い虎のスタンプとかも」といわれて、文具店に行った。
私が選んで大丈夫なのか? 困ったな、こんなにスタンプがいろいろあって。携帯で撮って送ってみよう。と動画でスタンプあれこれを映して送ったのだが。やっぱり決められない。いったん家に一度帰ろう。
家に帰り着くと、なぜか私にメールが次から次へと来る。ナンダナンダ。いろんな友達から、「メールありがとう。お返しに私の金パな顔を」とか、「こんなときにもらえると思わなかった。嬉しいです。こんどまた一緒に歌いましょう」とか、「どこでトラ展やっているんですか?」などなどメールがくるくる。
あゆみに携帯を見せると、「お母さん、なにやっちゃったの? 一斉送信で20人もの人にメール送ってるよ、しかも2回」「えーっ!ナニそれ。知らないよ。あゆみに送ったら送信できなかったんで、もう一回送ったんだけど」。
結局、みんなにごめんなさいメールをまた一斉送信。
「それにしても、お母さんの友達ってみんな優しいんだね。うちだったらこんなメールはくれる人いないけどね」。
いつも、メールすることのないような人と、暮に思わぬことでメールが弾んじゃって、怪我の功名って言うのもなんですが、ちょっとポッとした気分になりました。

大掃除

2009年12月10日

谷根千の事務所を片付け始めてから3週間目。25年も溜め込んだいるものいらないもの。資料は一括して保管する場所へ。本はA、資料はB、視聴覚資料はC、写真はD。マジックで書いて、小さめの箱に収納し、封をする。本棚の本もちょっと詰めるとすぐに1箱。
引越し作業のアドバイスには、「思い出に浸らないこと」と書いてあったのだが、引き出しから出てくる子供が描いた絵や、小さなころの写真に見入り、読者の皆さんからの手紙を読んではあれもこれもやり残してしまったような気分に浸ってしまった。
来週まで、まだ続きそう。
谷根千の事務所自体はあと1年、そのままあります。ご心配なく。(常駐はできないかもしれません)
そうそう、昨日芸大声楽科の学生さんと安田邸で会った帰りに、父のCDを見てもらいました。声楽のシリーズ物やオペラのCDが何十枚もあったのですが、これを、みんな貰っていただきました。学生さんたちもとても喜んでくれて、「僕たちにとって、宝の山のよう」といってくださったので、本当に嬉しかった。

11月16日 学校訪問

2009年11月16日

土曜日、あゆみと初めて高校訪問。あゆみは兄や姉、友達とは学校見学に行っていたが、私とは初めて。上3人のときは土曜日というとあちこちの学校を見に行ったが、まあ、かなり見ておいたものだから、今回は本命に近くなってからの参加である。説明会だけでなく、その後の学校内の施設の見学があるので、足の痛い私としては、ここというのが決まってからと思っていた。なかなか学校らしく、しかも特徴がある。英語や国際交流の盛んというこの学校に、あゆみは希望をもてたようです。
家からもさほど遠くなく、自転車でも行かれそうなので、いいんじゃない?
後は今週に迫っている期末試験を頑張り、一つでも二つでも内申点をあげることかな。
そして今週の私たちは谷根千の事務所の片付け。いるものいらないもの、私物、分けてはいるけれど、なかなか捨てられないし、これもって帰ったら家の中ごちゃごちゃだあ。
資料は箱に入れてアーカイブ行きに。取材のカセットやビデオや写真。父の残したCD。
口で言っているほどかんたんにはおわらないでしょう。

あっという間に

2009年11月5日

11月5日木曜日。

11月になってしまいました。インフルエンザの影響で、学校行事は中間試験の延期や、区の合同演奏会は2校が参加できず。演奏者以外はみんなマスクという異様な光景です。3日は中学校の発表会。午前中に合唱コンクール、午後は吹奏楽部の演奏や演劇部の発表、3年生の修学旅行のまとめなどを体育館で聞きました。学校でも入り口でマスクが配られ、消毒のアルコールも。見ている間中、総ての人がマスク姿。寒い日でしたから、まだ救われました。マスクに1滴ラベンダーオイルをしみこませ、息苦しさと闘っていました。あゆみたちは最後の合唱コンクールとあって、朝練習にも力が入り、腹式呼吸の仕方や、声の出し方を合唱をやっていたサトちゃんや、兄に聞き、熱心でした。その甲斐あって、金賞を貰い、発表の瞬間、きゃーと歓声が上がりました。このごろは人と比較することが少なくなり、優劣をつけない風潮ですので、運動会以来のクラス対抗でのイベントに燃えていたようです。これからは受験にまっしぐら?でしょうか。

私のほうは、10月31日から始まった「となりの高村さん展」(旧安田楠雄邸)の一週間です。今までに谷根千でインタビューした、ご近所の高村さんにまつわるエピソード、光雲さんの気さくなお人柄など展示から感じていただけたらと思います。8日の日曜日までやっていますので、安田邸にお出かけください。(毎日やっています。10時半から4時まで。3時閉門です。寒いので防寒よろしく)

ラスク

2009年10月2日

ちょっと古い話ですが、 8月12日のこと

昨晩家に帰ってみると、小さな生き物が家にいた。

それはウサギだった。

そういえば、長女の友人が夏休み旅行へ行くから預かってもいい?と聞かれて、どうぞとメールしたのだ。

それがこのウサちゃん。

もっと巨大化して、どこが胴だかわからなくなったようなウサギかと思ったら(自分のこと棚に上げて)、とても品のよい、大きさもちょうどいい、物静かな生き物でした。

動物も、虫も、ほとんど興味ないような顔しているあゆみが、いそいそと冷蔵庫へ行って、レタスなどちぎって食べさせている。

普段は掃除もしないような顔をしている(本人はしていると言っていたが)ゆず子が、いそいそと箒で床を掃き、念入りに紙シートワイパーをかけている。

ウサはケージの中でウサギご飯(ラビットフードというものか)を食べているときも、静かで物音一つしない。

目の色は黒くて、いつも見開き、何か物思いにふけっているような、思慮深そうな顔。

一日に5分くらい散歩させるんだって、ということで、ケージから出てくる。

最初は恐る恐る移動していたが、急に早く飛び跳ねだし、狭いところに潜る潜る。

とうとう掃除しそこなっている棚の下にもぐりこみ、そこでフワフワになって出てくるのではとみんなハラハラ。

「ラスク」という名だそうで、「ラスク」「ラスク」といっせいに呼ぶと、ちょっと耳の向きを変えた気がしたが、反応している。

長男の声によく反応し、背中をなでてやると、うっとりと静かにしている。

瑞樹の飼っている亀と競争させよう、と誘ってみたが、聞き入れられず、単独散歩。

子どもたちがウサギと戯れていたので、一人新聞を読んでいると、偶然にも1945年に少国民新聞に載ったという軍用兎飼育「少国民の務め」の記事があった。

兵隊さんの防寒用にウサギの毛皮を、といことで、子どもたちはウサギの世話をしたという。

当時ウサギの世話をしていた北海道の少女の作文「ウサギさんの出征」に、兄の出征後に、軍用に売ったウサギのことが書かれ、売れたときに「ああうれしい」と本人の記憶とは違う言葉が付け足されているという内容だ。

寂しさや悲しさは作文に書いてはいけない時代だったから、先生が付け加えたのではないか、ということだ。

何匹も名前をつけ、野原に連れ出し、クローバーで首飾りを作ってかけてやった少女の姿は、その時代でなかったら幸せな、絵のような風景だっただろう。

今朝も、仕事に行く前に、長女も長男も、ウサちゃんの頭をなで、えさをやり、心和んで出かけていった。

8月2日(日)雨・曇り

2009年8月2日

夏休みだが、毎日吹奏楽部のコンクールに向けて、部活の毎日。
普段は給食だが、夏休みに入って、朝、ベッドの足元にニュッと立っているあゆみが「お母さん、お弁当」という。
ゆっくり寝ていられると思っていたのに。
朝方帰ってきたんだよ。でも、これくらいしかしてあげられることはないな。
おにぎり2つにから揚げに、玉子焼きに、インゲンのオカカ和え。次の日、おにぎり二つは多かった、というので大きめの1つに、おかず。
麦茶は自分で用意している。
次の日、のり弁食べてみたい、というので作り方を教え、自分で作った。
そして、何となく少しずつ自分の弁当に関わるようになって、オムライスはやっぱダメだね、ケチャップをご飯と卵の間にしたけど。とか、言い出す。
土曜日、ちょっとお弁当作れないけど、どうしよう。
じゃあ、買い弁していい? お金かかっちゃうけど。
買い弁とはコンビニで好きなものを買うことだ。
うーん、わかった。買っていいよ。というと、二カッと笑う。
買い便したかったんだな。(つめたいサラダスパゲッティがお気に入り)
しかしながら、また次の週、ご飯に切り昆布の佃煮。
昆布、なかなかおいしいねえ。
新しい味覚の世界に入っているようだ。