12　飛行機嫌いが訪米決意/あれやこれやの思い出帖

　生まれてこの方、飛行機に乗ったことがない。金属の塊が空（くう）を飛ぶのは何かの間違いだという私のこの信念を、誰も揺るがせることはできない。家内は常々「せめてハワイでも沖縄でもいい。あなた、連れて行って下さい」と言っている。いつも私は、「新幹線が開通したら一緒に行こう」と答える。

　そして新幹線がよしんば開通しても、沖縄・サイパンへは絶対に行かない、いや、行けないと宣言している。沖縄では二十数万の無辜（罪のない）の人たちが殺され、サイパンでは子供を抱えた女性たちが投身自殺した「バンザイ崖（クリフ）」の悲劇があった。
　こうした島に観光目的でどうして行けようか。行けば敗戦後、何の責任も取らなかった為政者たちへの怒りが爆発し、私を狂わせるだろう。
　友人たち五人は「俺たちが両脇から手を握っていてやるから一緒に行こう」と気持ち悪いことを言う。あいつら、ホモダチだったのか、と私は怖気（おじけ）をふるう。

　あんまりうるさいので去年の秋、彼らにこうFAXを送った。
「来春訪米を決心した。雪を見、城を見、そして湖を見てくる。それくらいの時間は何とかなりそうだ」。
　あの頑固爺もとうとう行く気になったのかと彼らは信じた。そして「あいつ、アメリカに城があるって思ってるのか。五大湖辺りに行きゃあ雪はあるんだろうが」と話し合ったそうだ。
　一人が心配して電話をかけてきた。
「あのなぁ、坂口。言っとくがアメリカにゃ城はないぞ」
「ああ、知ってる、それくらいは」
「じゃ何で城を見てくるって書いたんだよ」
「おい、何か勘違いしてるんじゃないか、お前。俺はアメリカへ行く気はない」。
「訪米って書いてあるだろ」。

　そこで私は懇々と彼らの早とちりを戒めた。訪米とは、まず米沢へ言って雪を見、日をあらためて関ヶ原を抜けて米原で下車、彦根城に登り、そして琵琶湖も見てくるんだと説明してやった。「米といえばアメリカ、吉野家といえばアメリカ牛を連想するのは、固定観念に執われ過ぎている、しっかりせい」と付け加えといた。
　電話の向うは、「・・・・・」。数秒後、ガチャンと切れた。

　してやったりとその数週間後、私はまた「秋には訪中するつもりだ」とFAXしてやった。今度は電話がかかってこない。
　翌日、一通のFAXが届いた。そこには連名でたった一行、〝バカヤロ！〟と記されていた。訪中は、岡山・広島・山口のことだとバレていたのだ。彼らにもまだ多少の柔軟な思考が残っていると知って嬉しく、その夜、お汁粉を二杯お替りした。