紅瓦旅館のおじいさんとおばあさん
朝起きて少し散歩したあとに朝食。サンドイッチ風のモノと卵焼きと湯葉まきみたいなモノとミルクティー。アーロンによると、この辺りでは3ヶ所しか朝食を売っているところがなくて、その中で一番おいしい朝食セットとのこと。
紅瓦旅館のおじいさんは病院から最近退院したばかりなのでお話を聞くのは難しいということだった。アーロンが、今朝は元気そうでお話ができそうということで伺う。庭におばあさんと坐ってビンロウを噛んでいる。
おじいさんもおばあさんも日本統治時代の国民学校で日本語を勉強したとのことで日本語がよくできる。森さんが質問をすると丁寧に答えてくれる。おじいさんよりもおばあさんの方が日本語はよく覚えているようで、横からやんや話している。おもしろい。
パイワン族(原住民)のおじいさんは17歳か18歳のころに、日本軍と一緒に南洋の戦線に参加した経験を持つ。親にもらった名前の他に、日本の名前、漢人の名前の三つの名前をもっている。穏やかにお話されているけれど大変な苦労をされたに決まっている。
僕の祖父は南洋で戦死したので、もしかするとこのおじいさんと会ったかもしれない、などと思うと少しウルウルしてしまう。なんだか感情的にズーンときた状態でお別れする。
バスで移動。途中、昨夜の四重渓温泉の町でバスを止めてもらって、町を歩く。
椎原さんがたてものをスケッチしている。森さんが道端に座っているおばあさんと話している。
次の目的地、美濃へ向けてバスで移動。バスの中で野村さんの律儀なスーツ姿が話題になる。それを聞いて、紅瓦旅館に上着を忘れたことに気づく。内ポケットにはパスポートも帰りの飛行機のチケットも入っているしなぁ。いわないとなぁ。おずおずとお願いして、また旅館に戻ってもらう。ごめんなさい。このあたりから、なんとなくおなかの調子がおかしい。
美濃
客家の町、美濃に到着する。
若い人たちが客家特有の古い家(名前が思い出せない)を借りてさまざまな活動をしている....この辺りから記憶が怪しい。なんだか調子がわるい。最初は食べ物が合わなかったのかと思ったけれど、どうも風邪のような悪寒。知恵熱かも。今思うと前夜の小宴会で湯冷めしたらしい。
美濃はタバコの産地。使われなくなって廃墟になっていたレンガ造りのタバコの加工場を見学する。きれいに修復されて今は活用法を探っているととのこと。このグループの第三世代という利発そうな大学院生がいろいろと説明してくれる。谷根千とやってることが似てる。ここの人たちもアーロンは古い友達だという。アーロン、いったい何者?
昼食へ。もうかなりおかしくなってきている。食堂に入って席に着いたところで、ああ、食べられないなぁと思う。ご一緒した美濃のグループの温さん等に申し訳ないと思いつつもどうしようもない。楊さんに分けてもらった胃腸薬を飲んで、食堂の外のイスにすわって眠る。次の場所に移動するためにバスに乗る。もうダメ。眠る。僕にとっては空白の数時間。気がつくと台南空港に到着。
台北へ
空港で待ち時間が結構ある。僕はもう寒気がひどくて空港内の待合室にじっとしていられない。空港の外にでてみたりウロウロするけれどもフラフラ。
森さんは待合室の隅にあるマッサージ。アーロンが名刺代わりに喫茶店のナプキンに連絡先をかいて渡してくれる。台南空港から台北へ飛行機で移動中も眠る。
台北の空港には台北事務所の楊さんのお出迎え。
バスでホテルに到着。二日目からずっとご一緒したアーロンと楊さんとはここでお別れ。本当にありがとう、お世話になりました。
台北事務所の楊さんとは結果的にここでお別れ。お礼をいえなかった。お世話になりました。
夕食まで1時間ほどあるのでベッドに入って眠る。夕食のお知らせをもらうけれど、まったく動けないのでパスして眠る。ごちそう一回食べ損ねる。この日、夕食後には人形劇、京劇を観てから、マッサージにいったらしい。朝まで眠る。