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くまのかたこと - 旅の宿編

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青森 八甲田・田代温泉(1984)

今まで泊まって最高に不気味かつ愉快だったのは田代温泉元湯である。

新田次郎の「八甲田」で雪中行軍を行った挙げ句、もう少し頑張れば温泉がある、と励まされつつその手前でバタバタ死んだ。その宿が田代温泉元湯なのである。

林の中に車はここでとめろ、と書いてあった。子どもと荷物をひっかついで相当歩くとおばあさんが一人で守る湯宿があった。

子どもは風疹が治ったばかりで、こんなところで体調を崩したらどうしよう、と不安になった。それを告げると貫禄のあるおばあさんは「そりゃ無謀だわ」と、私を雪中行軍の司令官みたいにたしなめた。彼女は板の間にしゃがみ、ランプの灯のもと、小さなコンロで焼いたり揚げたりしてけっこうな夕食を出してくれた。夜中、露天風呂に行くと、不倫のカップルのような二人が喘いでいた。それも含めてなんとも思い出深い宿である。

森まゆみ
2003年8月17日(日曜日)公開

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