ラスク

ちょっと古い話ですが、 8月12日のこと

昨晩家に帰ってみると、小さな生き物が家にいた。

それはウサギだった。

そういえば、長女の友人が夏休み旅行へ行くから預かってもいい?と聞かれて、どうぞとメールしたのだ。

それがこのウサちゃん。

もっと巨大化して、どこが胴だかわからなくなったようなウサギかと思ったら(自分のこと棚に上げて)、とても品のよい、大きさもちょうどいい、物静かな生き物でした。

動物も、虫も、ほとんど興味ないような顔しているあゆみが、いそいそと冷蔵庫へ行って、レタスなどちぎって食べさせている。

普段は掃除もしないような顔をしている(本人はしていると言っていたが)ゆず子が、いそいそと箒で床を掃き、念入りに紙シートワイパーをかけている。

ウサはケージの中でウサギご飯(ラビットフードというものか)を食べているときも、静かで物音一つしない。

目の色は黒くて、いつも見開き、何か物思いにふけっているような、思慮深そうな顔。

一日に5分くらい散歩させるんだって、ということで、ケージから出てくる。

最初は恐る恐る移動していたが、急に早く飛び跳ねだし、狭いところに潜る潜る。

とうとう掃除しそこなっている棚の下にもぐりこみ、そこでフワフワになって出てくるのではとみんなハラハラ。

「ラスク」という名だそうで、「ラスク」「ラスク」といっせいに呼ぶと、ちょっと耳の向きを変えた気がしたが、反応している。

長男の声によく反応し、背中をなでてやると、うっとりと静かにしている。

瑞樹の飼っている亀と競争させよう、と誘ってみたが、聞き入れられず、単独散歩。

子どもたちがウサギと戯れていたので、一人新聞を読んでいると、偶然にも1945年に少国民新聞に載ったという軍用兎飼育「少国民の務め」の記事があった。

兵隊さんの防寒用にウサギの毛皮を、といことで、子どもたちはウサギの世話をしたという。

当時ウサギの世話をしていた北海道の少女の作文「ウサギさんの出征」に、兄の出征後に、軍用に売ったウサギのことが書かれ、売れたときに「ああうれしい」と本人の記憶とは違う言葉が付け足されているという内容だ。

寂しさや悲しさは作文に書いてはいけない時代だったから、先生が付け加えたのではないか、ということだ。

何匹も名前をつけ、野原に連れ出し、クローバーで首飾りを作ってかけてやった少女の姿は、その時代でなかったら幸せな、絵のような風景だっただろう。

今朝も、仕事に行く前に、長女も長男も、ウサちゃんの頭をなで、えさをやり、心和んで出かけていった。