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古書ほうろうの 2003年5月の一冊
「石山修武の設計ノート 現場の声を訊け」 石山修武 著
「石山修武の設計ノート 現場の声を訊け」 石山修武 著
新刊定価 1,900円+税(2003年3月20日発行)

はしょって言うと、著者の石山修武氏は宮地とわたしのプノンペン行きのきっかけとなった人である。

昨年11月朝日新聞で、「ひろしまハウス in プノンペン レンガ積みツアー/石山修武研究室」の告知記事を見つけた。レンガ積み、してみたいなぁ。カンボジア、こんな機会でもないと一生行かないだろうな。私の中でむくむくと好奇心が膨らみ始めてしまった。
ところで、石山修武って、どんな人だ?
失礼ながら、存じ上げなかった。研究室のホームページを見てみると、プロフィールには建築家、早稲田大学理工学部教授とある。日記もつけられている。
それにしても、随所にちりばめらた厳しいことばの数々。大丈夫だろうか・・・。本当に失礼ながらそんな風に思った。凄まじいことばが並ぶ日記に、正直言って好奇心がしぼんだりもした。
でも、こんな儲からなさそうなことやる人は悪い人じゃないだろう。行くか行かぬか、あくまで中立を貫く宮地の、心強い助言。
そうだ。伊豆松崎の長八美術館もつくったらしいし、あの町を気に入って私たちは同じ年に二度も訪れたことがあるし、左官つながりだし、ひろしまハウスの意味にはとても興味あるし、これはご縁だ。
しだいに宮地もなびき始めた。しめしめ。

こうして、この度の旅が決まった。
初対面の石山氏は、想像どおり怖かった。ゆるゆると暮らす古本屋は、久しぶりに蛇に睨まれた蛙の心境を味わった。ちゃらちゃらしたいい加減さは許さない、という気迫。
僕は全て見ていますから、作業前のミーティングで何度かそのように言われ、実際にそうだった。吹き抜け四層からなる建物の、ある時は下から、ある時は中階層の階段から、眼光鋭く全てを見ている。ピーンと空気が張りつめている。
緊張と、想像以上の難しさで、目の前のレンガ一個見るのに精いっぱい。周りの何も見えなかった。宮地は仕事が丁寧だと褒められ、私のは駄目だと一生懸命積んだレンガを壊された。レンガを壊す時の石山氏は、それはそれはおっかない顔をしている。久しぶりに人から駄目出しされ、私はひるんだ。ヘタリこみそうだった。
50分の作業で10分の休憩。コンクリートの床に座って、ミネラルウォーターでやっと一息つく。
何回目かの休憩でふと見上げると、青い空が見える吹き抜けに、一本のコンクリートの階段がそのまますーっと天へ繋がっているみたいに伸びていた。
あぁ、美しい。自分の身体がすぅーっと軽くなるような感じがした。現代の建築を見てこんな風に感動したのは初めてのことじゃないか。「気」というのか「エネルギー」というのかよくわからないけれど、目に見えない、大きくて、温かい、人の気持ちみたいなものがコンクリートの建物から外に向かって広がっているのを感じた。

作業が終わると、石山氏は外部からの参加である私たちにも、お昼よかったらここで一緒にどうぞ、と声を掛けてくださった。ご自分でも言われているので、私も書いてしまうけど、ただ少しだけ口が悪いのだ。
あぁ、古本屋だからこうちまちまと作業するんですか。気が小さくて、細かいところ、夫婦よく似ています。
げっ。けど、回りくどい言い方されるよりよっぽどさっぱりしている。
ご一緒させていただいて(テレビでは常にイラク戦争のニュースが流れていた)、世の中の不条理に対する怒りをきちんと持ち続けている方だということがよくわかった。
レンガ積みに参加していた建築科の学生たちには、ただ建てれば良かった時代は終わり、これからの時代、建築家はなるべくつくらないような仕事が大切になってくる、ということを語っていた。たった二日間の作業をご一緒しただけで、今までに気付かなかった、より自由な視点をいくつか教えてもらえたと思う。

この本は帰ってきてから往来堂で見つけ、即購入した。
雑誌『室内』の連載をまとめもので、携わっている多くの仕事を語りながら、今の時代を見据え、建築というくくりに収まりきらない冷静な洞察と、創ることへの純粋な喜びが、かわりばんこに飛び出してくる。もちろん、ひろしまハウスのことも書かれている。 軽快な語り口、歯に衣着せぬ物言いが気持ちよく、建築シロウトの私が読んでも非常に楽しかった。

(アオキ) 

*「ひろしまハウス」
ひろしまハウスは、カンボジア仏教の総本山であるプノンペンのウナローム寺院の境内の一角に位置する。
話の発端の広島市民グループ、設計と実際の作業を受け持つ石山氏、ウナローム寺院の僧侶でもあった、ひろしまハウス工事責任者の渋井修さん、地雷で足を失った人たちに手動の自転車を製作している小笠原さん、渋井さんの開いている日本語学校の子どもたち、それにたくさんのシロウトたちが携わり、それぞれが思いを込めてひとつずつ積み上げてきたレンガ。完成を急ぐ工事ではなくて、その作業の過程にも意味をもつ建築なのだと感じた。
用途は宿泊施設だったり、資料の展示だったり、孤児たちの生活の場だったり、いろいろ考えられているそうだ。しかしすべては、その時の状況にアジア的な大らかさでゆるやかに対応してゆくのだろう。

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