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古書ほうろうの 2002年7月の一冊
「古本屋おやじ」 中山信如著
「古本屋おやじ」 中山信如著
ちくま文庫 780円

 三河島にある稲垣書店といえば、知る人ぞ知る、映画関係専門の古本屋ですが、今回紹介するのは、そのご主人、中山信如氏の手になる2冊目の本です。1冊目の『古本屋「シネブック」漫歩』(1999年、ワイズ出版刊)もとても面白い本でしたが、そちらが、『彷書月刊』で長期連載され、資料的価値も備えた、ある意味重厚なつくりだったのに対して、こちらは、過去に様々なところで発表されたものを選りすぐった、ヴァラエティ・ブックといった体裁。大きさもコンパクト(文庫オリジナル)になって、どこで読んでも、どこから読んでも、ふと吹出してしまう、そんな楽しい本になっています。

 さて、内容ですが、「観た、読んだ、書いた」というサブ・タイトルが示すとおり、映画と、映画についての本やモノ、そして古本屋という仕事についてのあれやこれやが、それぞれ入り交じりながら、様々な手法で語られている、といったところでしょうか。巻頭のエッセイ「ミシマの原稿を買いそこなった話」でほろりとさせるのを手始めに、ある時は真面目に古本業界に物申し(「ケンカのすすめ」)、またある時は軽薄に自分の店=自分のスタイルについて語る(「私はなぜ、エロ本を置かないか」)。めずらしい映画本を紹介することも忘れないし(「ブック・レヴュウCINEMA」10選)、実践的な目録販売講座もある(「専門店やれやれ」)。しかし、まずお薦めしたいのは、全体の5分の2を占める日記。それぞれ、「日々不安」(1989年)、「共だおれ日記」(94年)、「世紀末日記」(98〜2000年)と題された、書かれた時期も発表媒体も異なるこの3つの日記(なかでも全部で6ページしかない「共だおれ日記」以外の2つの日記)こそ、この本の肝と言えます。

「世紀末日記」は月刊誌(『古書月報』)に毎月掲載されていたもので、本人の弁によると、作り込んだりしていない、事実に即したもののようです。『古本屋「シネブック」漫歩』及び本作(『古本屋おやじ』)出版を控えたあれこれ大変な日々を、ユーモアたっぷりに淡々と描いています。たとえばこんな感じに。

九月某日 八月分店売り額集計。半月のみの営業とはいえ一九八二〇円。十九万ではない、一万九千である。ゼロの日五日を含め、一日平均なんと千四百十五円。駄菓子屋以下である。 九月某日 銀行へ。定期預金を組むためである。売上ゼロの連続でも、なぜか定期が組めてしまうあたりが、この商売のフシギなところといえようか。 九月某日 遠来の客、戦前ブロマイドお買上げ十五万。きのうも十万余二名。定期が組めるわけ、このへんにありや。「日本古書通信」誌上目録のスチール写真特集も、二回あわせて三百万円売れ、なんとか暮らしていけるのはありがたいのだが、このままでは<マルベル堂三河島支店>状態。まともな文献だって売りたい!

 これに対して「日々不安」の方は創作日記。本人も「世紀末日記」のなかで、あれは「文字通りの創作」と言っているし、『古本屋』第10号に1年分まとめて掲載されたということからみても、虚実入り乱れたひとつの作品のようです。中山さんの師である鶉屋書店飯田淳次氏の死(3月4日)が、一年を通して通奏低音のように鳴り響いていて、おそらくそのせいで、喜怒哀楽といった感情が強く出ており、一日あたりの分量も多くなっています。なかにはかなり感傷的な記述さえありますが、それがまた良いのですよ。

五月某日 忙中暇あり。「谷中・根津・千駄木」略して「谷根千」という、その地の主婦たちが発行するタウン誌主催の、文化映画上映会に出かける。「谷根千」とはヒョンなことからかかわりをもち、今では委託品は扱わないという禁を破ってまでして、置いてあげている。理由は単純、毎号届けにくる担当の主婦が、かわいいからである。

 こういう書き出しで始まるこの日の日記も、そんななかのひとつ。長いので止めましたが、本当は全部引用したかったなあ。根津で行われた上映会がはねたあと、界隈を散策しているうち、足は自然谷中へ向う。朝倉彫塑館の手前には、かつて鶉屋書店だった赤レンガの瀟洒な建物があるが、そこにはもう師はいない。そんな内容。沁みます。ぜひ、本文にあたってみてください。

 ところで、この鶉屋書店について知ることができたのは、個人的にはこの本における大きな収穫のひとつでした。勉強不足のせいもあり、「詩集を中心とした素晴らしい古本屋」という以上のイメージはまだ湧かないのですが、初音小路の入口にそんなお店があったなんて。うれしいやら、残念やら、励みになるやら、様々な感情が渦巻いています。『日本古書通信』に載った青木正美氏による追悼文が転載されている『谷根千』20号によると、『谷根千』のお三方それぞれにとっても思い出のお店であるようなので、今度お会いした時にでも、いろいろお訊きしたいと思っています。

 この本は、今年の2月に出たばかりなので、まだ新刊で手に入ります。また、貧乏な方は図書館でどうぞ。文京区では鴎外と根津にあります。うちの店にはまだ一度も入ってきていません。「オマエの文章を読んで買ったけどつまらなかった」という方は、遠慮なく売りに来てください。責任をもって、高価にて買い取らせていただきます。

 最後に、わたくしごとを、少々。

 実はつい最近、はじめて稲垣書店に行ってきました。解説で出久根達郎さんが「中山さんは現在、体をこわされて療養中である。従ってお店もやむなく閉めておられる。」と書かれていたこともあり、営業が再開されているかどうかの確認をするためでした。依然として休業中で、店内を見ることはかなわなかったのですが、三河島という町を10数年ぶりに訪れ、ちょっとした感慨があったので、それについて書きます。

 10代のおわり頃、まだ東京のあちこちにいくらかは残っていた場末の三番館に通った時期がありました。ピンク映画の3本立てをやっているようなところです。当時イレ込んでいた川本三郎さんの影響だと思うのですが(ちくま文庫版の『朝日のようにさわやかに』など)、学校にも行かず、昼下がりの空いた電車に揺られて、尾久だの立石だのといった見知らぬ町へ向いました。三河島もそんな町のひとつでした。

 今回、「確か、昔、映画を観に行ったよな」という程度の気持ちでたどり着いた三河島でしたが、駅前の佇まいを目にすると、いろいろなことが少しずつ思い出されてきて、ちょっとびっくりしました。日暮里金美館という名前の、スーパーの2階にある映画館。立看板に書かれた『女教師』というタイトルの文字。便所で吸った覚えたての煙草。そしてスクリーンの中で暴れる若き日の古尾谷雅人。作品の筋だけは、まったく思い出せませんが、それ以外のことは妙にリアルに甦ってきて、人間の記憶の不思議について考えさせられました。あの頃、映画館に行き、そこで過ごすということは、今の自分が想像する以上に大事なことだったのでしょうね。

 まあ、そんなわけで、三河島、個人的には、つくづく映画に関係のある町です。あるいは川本三郎さんに導かれる町。思いおこせば、稲垣書店のことを最初に知ったのも、川本さんの書いたものを通してだったのですよ。上客でもある川本さんのことは、中山さんも贔屓にしていて、『古本屋「シネブック」漫歩』のなかでも2回に分けて取り上げています。朝霞自衛官刺殺事件をめぐる回想記『マイ・バック・ページ』について、「とにかくおすすめ」と書かれていて、共感しました。

(宮地)
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大島なえ2004年2月6日(金) 22時02分
またもや検索していたら、見つけてしまいました。(笑) 私『古本屋おやじ』を去年の夏頃読み、宮地さんと同じように今、どうされているんだろうとか日記の売上とか、あれこれ思いました。そのあと、出久根達郎さんを本で知り、『佃島ふたり書房』を捜...
三河島ファン2004年2月2日(月) 17時46分
宮地さんの文章を読むと三河島の稲垣書店に足を運ばずに入られなくなります。そこで朗報です。実は稲垣書店は昨年末より、ときどき土曜日に開店しているのです。嬉しいなあ。
佐藤榮征2004年1月30日(金) 19時42分
「記者四十年」(斎藤信也著・朝日文庫480・昭和62年刊行)に「小津安二郎」に関する記事あり。先刻承知と思う。このMAILは全く他意なし。
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