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古書ほうろうの 2002年4月の一冊
「東京の昔」 吉田健一(中央公論社 昭和49年3月 刊)
「東京の昔」 吉田健一(中央公論社 昭和49年3月 刊)

 昔の東京に多少なりとも興味がある人なら、最初の数行で「これは読まなきゃ」という気にさせられること請け合いの小説です。

これは本郷信樂町に住んでゐた頃の話である。當時は帝大の前を電車が走つてゐたと書いても 電車も帝大も戰後まであることはあつたのだからそれだけでは時代を示したことにならない。そ れならば日本で戰前だとか戰後だとか言ふやうなことになるとは誰も夢にも思つてゐなかつた時 代といふことにして置かうか。兎に角帝大と電車が出たのだからこれが文久三年と言つた大昔で ないこと位は解る筈である。どうもその頃はその電車が通つてゐる道も砂利道だつたやうな氣が する。それだから春になつて慍い風が吹き始めると埃が立ち、その爲に電車通りに並ぶ古本屋の 店先の本がざらざらした。尤もさういふ商賣をその頃してゐた譯ではない。ただ學生時代の癖で 古本屋を覗いて見るといふことも偶にはしたといふだけのことで、それでは何をして暮してゐた かといふことになるとこれが實はさう簡單に説明出來ることではないのである。別に昔の時代は よかつたといふのでなくて確實にさういふことが考へられるのは例へばフランス革命の後で十八 世紀のヨーロッパを振り返るとか安祿山の亂の最中に玄宗皇帝が長安に都してゐた盛時を囘想す るとかいふ特定の場合に限られたことであるが帝大の前を電車が春風に砂埃を上げて走つてゐた 頃に就て一つだけ言へることは生活が樂だつたといふことである。

 どうです?

 ただ、いまここに引用した部分からも十分に伺えるその独特の文体は、いったん昂揚した「読むぞ」という気持ちを怯ませるのに十分だったりもする訳で、初めてこの作者のものを読むということであればそれは尚更のことと思われます。僕も何度か挫折しました。この文体の持つリズムと自分のそれとが上手く噛み合わないと、どうしても乗って行けないのです。でも、何かの拍子にそれが噛み合って乗れてしまうと、あとはすいすいと運ばれていくので、一見駄目そうに思えても、しばらく寝かせて再び試してみることをお薦めします。

 さて、内容の方ですが、引用した冒頭部分からも伺える通り、昭和のはじめ頃の東京を、語り手である主人公が何十年も経ってから振り返る、という形で書かれています。主人公は当時30代くらい、外国で学んだ経験を持つインテリで、特に定職は持たずにのんびりと暮しているという設定で、そこに彼と近しい人物として、下宿している家の持ち主であるおしま婆さん、近所の自転車屋の若主人の勘さん、帝大でフランス文学を専攻している留学志望の学生古木君、何でも屋のような金持ちの川本さんの4人が配されています。物語は以上5人の登場人物が飲んでは話をしている、ある意味ただそれだけのもので、ある年の春から翌年の春までの一年間が淡々と描かれていきます。よって話の筋を楽しむといったような作品ではありません。では、何を楽しむのかというと…。

 それは大雑把に言えば二つに分けられます。ひとつは当時の東京の描写、もうひとつは登場人物たちの会話の合間合間に覗かれる作者の文明論です。後者は、現在の東京(あるいは日本)に対する(やんわりとした)批判、および日本と西洋の比較文化論がその中心をなしていて、この作品の本筋とも言えるものなのですが、読者に求める素養のハードルがかなり高いこともあって、やや取っつきにくさを感じる部分もあります。そこでここではそれについては触れないことにして、前者、つまり当時の東京の描写に絞って話をしようと思います。

 はじめに挙げたいのは飲み屋です。先程「ただ飲んでは話をしているだけ」と言ったように、この作品には飲んでいる場面が本当に数多く登場します。本郷のおでん屋で、神楽坂のバーと待合で、横浜のフランス人による食堂で、山王下の数寄屋造りの料理屋で、そして主人公の下宿する家で。どれもがいい場面であり、魅力的な場所なのですが、なかでも最初に登場し、その後も繰り返し利用される行きつけのおでん屋「甚兵衛」には、本郷という場所自体に馴染みがあることもあってか、もっとも強い印象を受けます。「本郷に限つたことでなかつたが本郷にも幾らもあつたおでん屋の一軒」で、店の中は寒かったけれど「それを慍めるといふ觀念もなくておでん屋の主人が立つてゐる前には鍋が煮えてゐて慍くて帳場にゐるおかみさんの脇には火鉢が置いてあつたが客は酒とおでんで慍ることになつてゐて事實それで飲んでゐるうちに慍くなつた」、そんな店。「酒が通つて行く喉が燒けさうな本當の熱燗で又さうしなければ飮めない程の辛口」に、「熱くて辛子も飛び切りよく利いた」「袋にがんもに爆彈」。いやはやなんとも。ともかくこの店で飲んでいる場面はどれも実に酒が旨そうで、堪りません。

 そしてもうひとつは銀座。「數寄屋橋といふ橋が本當にあつてその下を掘り割りの水が流れてゐて三原橋も橋であり、その下を流れる水と數寄屋橋の下を流れるのを別な掘り割りが縱に繋いでゐ」た銀座。そこには「一番目に付く所の臺に出てゐるのがフランスの新刊書でそれが發行された日付けからたつてゐる日數が日本の新刊書と殆ど變りがなかつた」紀伊國屋があり、「明かに大正時代に出來たこの時代に特有のどこか安ものの感じがする建築様式の建物が七丁目の角の目印になつてゐ」た資生堂があって、そして尾張町の角の近くには古本屋の夜店があったそうです。こんな店が。

その凡そ小さな古本屋は日本の本しかなくても神田のもつと大きな店でも掘り出しものと見ら れるものばかり置いてゐるのが特色だつた。その晩出てゐたのがどういふ本だつたか、その中に 芥川龍之介の「羅生門」の初版と一册になつた珍しい造本の梶井基次郎全集があつたのを覺えて ゐる。日夏耿之介の「黒衣聖母」もあつた。古木君がそこも始めてなのは熱心に棚をみてゐる様 子で解つてそのうちに、 「これは、」と言つてその一段から引き出したのが金子光晴の「こがね蟲」だつた。確かに掘り 出しものでその箱はなくなつてゐる詩集の海老茶色の表紙に金で活字を押したのを見てゐて思つ たのはそれが前にこつちが持つてゐて賣つたのが廻り廻つてこの店の棚に納つてゐたのではない かといふことだつた。

 見たことのない、そして決して見ることのできない古本屋の姿が、くっきりと目の前に姿を現してきて、そこからまたいろいろな想像が膨らんでいきます。ここまで挙げた他にも、このような描写はたくさんあり、まさに題名通りの「東京の昔」を読むものに見せてくれます。

 吉田健一は言うまでもなく元首相吉田茂の長男で、僕は今回初めて知ったのですが大久保利通の曾孫でもあるそうです。外交官だった父と共に幼少の頃より世界中を転々とした後、ケンブリッジで学ぶという、当時としては稀な経歴を持った人です。僕にはそういった諸々の要素がマイナスのイメージとして植えつけられていたため、長らくその著作を読んだことがなく、翻訳家としての仕事のいくつか(ハイスミス、ヘンリー・ミラーに、チェスタトンなど)を通してしか触れたことはなかったのですが、少なくともこの本は楽しめました。次は食べ物についてのエッセイ(面白いと評判です)なども読んでみたいと思っています。

 現在この本はほうろうにはありません。また、ソフトカバーのB6版、文庫版とも版元品切のため、古本屋で探すか図書館で借りるかという、いつもながらの選択となっています。おそらく文庫の方が見つかりやすいと思われますが、出来ればB6版で読まれることをお薦めします。文庫は新かな新字体に直されていて、読みやすいと言えばそうなのですが、旧かな旧字体のB6版の方が「東京の昔」をよりはっきりと感じ取れるからです。(そういう思いから、この文章の中での引用も原則的にB6版より行ないました。一部ワープロの能力不足のため新字体になっている箇所もあります。横書きになってしまうというジレンマはあるのですけどね。)文京区では、本駒込図書館の東京関連本のコーナーにあります。

(宮地)

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