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古書ほうろうの 2002年3月の一冊
建築の絵本「夏目漱石博物館/その生涯と作品の舞台」 石崎等・中山繁信
建築の絵本「夏目漱石博物館/その生涯と作品の舞台」 石崎等・中山繁信
彰国社 昭和60年初版 ほうろう価格1100円

 絵本を開く時のあの懐かしいワクワク感が味わえる、今月はそんな大人の絵本をご 紹介します。

「はじめに」によると、この絵本は、文学の道を選ぶ前は建築家を志望していたという漱石の、その生涯や作品の舞台を、建築や都市空間の視点から検証してみようというテーマで書かれました。  鉛筆画のような手書きのイラストを建築の専門家中山繁信、解説を『夏目漱石遺墨集』『近代文学年表』などの執筆者である石崎等が担当しています。

 鳥瞰図、見取り図、風景など、様々な視点を使い分けながら作品の舞台を描き出す、専門家ならではの構図に、読者は本を開けた途端に、ぐぃと引き込まれます。さらに目を凝らせば、そこに描かれた明治の建築意匠の美しさに目を奪われ、人々の髪型や服装、表情などの風俗の活き活きとした描写が楽しく、賑やかな話声が立ちのぼってくる様です。  全ページ上部には、その場所が登場する作品の抜粋が添えられ、それぞれページの下の方に、その場所と作品についての解説が書かれています。

 全体の構成は、「漱石の生涯」「作品とその世界」の二部から成っています。  まず第一章「漱石の生涯」は、『硝子戸の中』や書簡などを引用しながら、出生地である牛込馬場下横町付近の鳥瞰図に始まり、学生時代を過ごしたお茶の水界隈、赴任先の松山、熊本と続いていきます。  そして、イギリス留学後に住んだ千駄木の家。『吾輩は猫である』を執筆した猫の家としても有名なこの家は、見開きいっぱいに俯瞰図が描かれ、さらに頁をめくると、本の山がいくつも積上げられた八畳の書斎に、机に向う漱石がいます。  その後は、晩年を過ごした早稲田南町の漱石山房、療養先の修善寺菊屋旅館、猫塚、墓碑で締めくくられます。

 第二章「作品とその世界」では、『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『野分』『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『明暗』が取り上げられ、谷根千界隈に由緒ある舞台がたくさん描かれています。  まずは『吾輩は猫である』。千駄木の家がモデルの珍野苦沙彌の家、向丘の郁文館がモデルとなった落雲館グラウンド、柘榴口の残る銭湯、巣鴨病院。 『野分』からは東京音楽学校の邦楽堂。『虞美人草』からは、明治四十年上野公園で開催された、東京勧業博覧会の全体風景と、大人気を博したという、不忍池に映えるそのイルミネーションの夜景。 『三四郎』では帝国大学を中心とした地図に始まり、何より浮き浮きさせてくれるのは、団子坂菊観。坂の両側に隙間なく並んだ小屋からは、木戸番の男たちが大きく身を乗り出し客引きをしています。団子坂と保健所通りの交わる辺りの、下から見上げて右側に今も残る石垣が描かれているのが嬉しいところ。他には本郷の春木町(現本郷三丁目)の中央会堂がモデルとなった会堂(チャーチ)、三四郎池、赤門、東大図書館などなど‥‥‥。

 この絵本だけを開くも楽し、初めての漱石のお伴としても良し、絵本の後で棚の奥の『猫』を引っぱり出すもまた一興。  漱石先生も、もしこの絵本手にしたら、きっと書斎でこっそり矯めつ眇めつするに違いありません。

 現在も新刊(定価1700円+税)の入手可能です。鴎外図書館の棚にもありました。 ほうろうでは江戸・東京の棚に今週中には並べる予定です。

(アオキ)
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