古書ほうろう
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古書ほうろうの 2001年10月の一冊
「東京風人日記」 諏訪優 著
「東京風人日記」 諏訪優 著
廣済堂 1994年1月15日初版 1500円(ほうろう価格)

 谷根千42号で森まゆみさんが、50号では仰木ひろみさんが『東京風人日記』を紹介されています。今更私が説明するまでも・・・わぁ、どうしよう!と思いましたが、貯えがないのでこのまま突き進みます。

 詩人諏訪優さんといえば、50年代アメリカで生まれたビート文学の紹介者としてもあまりに有名です。実はそういった面でも私が紹介するには少々気がひけますので、古書ほうろうでビートに関する棚の担当者であるヤマサキのお許しを乞い、「アトリエ坂」の名付け親で、谷根千に縁が深く、佐野元春が敬愛していた詩人の日々の暮らしはどんな風だったのかしら?という私の素朴な興味のままにご紹介します。

「アトリエ坂」も谷根千でしばしば紹介されていますのでご存じの方も多いと思いますが、地下鉄千駄木駅北口の裏手、不忍通りからちょっと入ったところの、谷根千工房と須藤公園の間の細いけどとても急な、あの坂道のことです。
 現谷根千工房の場所には当時画家の棚谷勲さんの「アトリエ千駄木」があり、棚谷さんと親しくしていた諏訪さんは散歩の途中でよく立寄ったり、また諏訪さん自身の個展や「詩(私)塾」の会も開かれたりしたようです。

 諏訪さんが亡くなった後に出版された『東京風人日記』は、晩年を過ごした田端での日々が季節のうつろいにのせて綴られています。

 時代に取り残されたような、わさわさと風に揺れる竹林に囲まれた一画、木造アパート、六畳一間。
 つれあいと散歩する"神さまからの頂きもの"の静かな午後。
 ひとり気ままに路地を彷徨えば、青畳の爽やかな匂いの先に"仔猫あげます"の貼り紙をした畳屋。
 谷中ぎんざ、根津の貝屋、千駄木の三福(ほうろうのすぐ近く!)、行き付けの「あかしや」、大晦日年越し蕎麦は「川むら」。
 時に自転車をかっ飛ばす若い女に小腹を立て、時に世の行く末を憂えだり。
 年末には必ず芥川龍之介の短篇『年末の一日』を読み返し、田端に暮らし後に自裁することになる彼の胸中を思う。

 余計なことを一切そぎ落としたような静かで慎ましい生活。欠かさないのは、銭湯と湯上がりのビール。それとほんの少しの美味しい肴と、旨い酒(こちらは延々続く)。  こんなチャーミングな一面も。「(テレビでだったが)佐野君に会えて、人生が少し明るくなった。」このふたり、世代の壁を超えて相思相愛だったんですね。

 先日、自転車は使わなかったであろう諏訪さんにならい、宮地とふたり田端辺りを歩いてみました。文中にしばしば出てくる「竹林」と「太郎湯」をキーワードに、ただぶらぶらと彼が呼吸した町の名残りはまだ味わえるかもしれない!と期待しながら。
 もちろん芥川がいた文士村のころの町並みはほとんど残っていないようですが、「太郎湯」は「宗湯」に変ったものの、92年に亡くなるまで諏訪さんが暮らした町(最後に隣町の西日暮里に越してますが)の空気はかなり感じ取れたような気がしました。
 同じ坂の町でありながら、谷中のお線香の匂いが漂う懐かしさとも、千駄木の昔の山の手の風情を残した静けさともまた全然違い、自分が子供になっておばあちゃんちに遊びに来たような、日向の匂いがするような、タイムスリップしてどこか全く知らない土地に紛れ込んでしまったような、起伏に富んで眺めが良くて、とても不思議な安らぎを感じさせる町でした。
 ほんの二時間くらいの散歩でしたが、ちょっと旅して来た気分になりました。いざなってくれた諏訪さんに感謝です。

 この本を読んでから町を歩くと、お会いしたことはないのに、小柄で白い鬚をたくわえた諏訪さんが路地の曲り角からひょっこりと現れそうな気がします。諏訪さんがもし今もお元気だったら、うちの店にも来てくれたかしら?なんて考えては、ひとり妄想の世界に突っ走りわくわくしました。
 諏訪さん、私達も谷中ぎんざで買物をして、慎ましい財布で最大限の夕餉を楽しみ、この町で思い存分呼吸していますよ。

 さてと、そろそろ夜もふけてきたので、私も諏訪さんにならって一杯いただこうかしら。

 私が読んだ一冊は今月初旬には店頭に並べます。
 文京区の図書館でも貸し出ししています。その他『田端日記』、諏訪優さんと棚谷勲さんの『坂のある町』などや、訳書なども借りられます。品切の谷根千も鴎外図書館にあります。何か知りたいことがあると、私は谷根千を辞書みたいに使っています。

(アオキ)
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