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古書ほうろうの 2003年03月の一冊
「司馬遼太郎の「かたち」 ~ 「この国のかたち」の十年」 関川夏央著
「司馬遼太郎の「かたち」 ~ 「この国のかたち」の十年」  関川夏央著

司馬遼太郎の最晩年、10年にわたり書かれたエッセイ「この国のかたち」について、どのような契機で書かれたか、主題の変化、日本の移り変わり、そして司馬遼太郎の死に至るまで、を見つめたノンフィクション。いつもながらの丁寧な取材と資料の読み込み、驚きのエピソードの連打、読みやすくも味のある語り口で一気に読める。面白い。

「この国のかたち」が書かれたのは1986年から、司馬遼太郎の亡くなる1996年。それはバブルの前後の十年で、司馬遼太郎の「この国」を見つめる視線も変化していった。 その十年、著者の関川夏央は何をしていたのだろう。
彼は「『坊ちゃん』の時代」という連作を、ちょうどほぼ同じ10年をかけて書きついでいた。

「『坊ちゃん』の時代」連作とは、谷口ジローとの共著によるマンガだ。明治の終焉をめぐる漱石・鴎外・啄木・秋水らの物語で、舞台はこの谷中・千駄木・根津、本郷。
観潮楼や猫の家ももちろんメイン舞台として登場。物語のマンガらしい運び方といい、谷口ジローの造形といい、傑作マンガだと思う。1986年、高校生の頃のぼくは連載誌「漫画アクション」を読んでいた。この中に出てくる、ビールを飲んで暴れる漱石や、軍医然として舞姫と家に揺れる鴎外のイメージが今でも強く残っている。

「『坊ちゃん』の時代」の物語は、明治39年、「坊ちゃん」を書く漱石にはじまり、明治44年に終わる。秋水の処刑、啄木の死、漱石の修善寺の大患(これは43年)。
第五部最終巻のあとがきには「その日露戦争後の数年間こそ近代日本の転換点であったと見とおした」とある。
転換点とは何か。それはこの「司馬遼太郎の「かたち」」で明かされる。「青春の断絶」だ。

2月の日曜日、あてもなく電車を乗り継ぎ、渋川に至り伊香保に行った。車中、ずっとこの本を読んでいた。行ったら行ったで温泉に入る。湯元のイオウ露天温泉につかりながらも読んでいた。温泉の中、その箇所にぶつかり、ぼくは温泉の中でうーむ、とうなった。

〈坂本竜馬も彼らが活躍した幕末日本、明治日本も、みな青春であった。そうして青春とは突然断絶するのである。(中略)青春は断絶したほうが潔く、ぐずぐずと中年男の内部に生き残るのは未練であり、みじめである。〉

〈日露戦争後「だらしない成熟」へ向かう日本を、司馬遼太郎という巨大な青春小説家が、ついに書かなかったのは、おそらく生理的理由である。「普通の、立派な人々」も、やがてとんでもないことに手を染めるという事実を、司馬遼太郎は知りつつ、書きたくなかった。そのため、ことさらに日露戦争から敗戦までを特別な40年、断絶の40年、「異胎」の跳梁した40年と強調した。それは、大衆を、大衆出身のエリートが主導して悲劇を招来した40年であった。〉

この四十年を切り離して考える司馬遼太郎は、かなりのロマンチストだ。日本人に大きなロマンを抱いている青年だ。だからこそ「竜馬がゆく」が書けたのだ。
だけども、いくら司馬遼太郎が、愛する「普通の、立派な人々」に裏切られた感じを抱いたとしても、日本を復興させたのも、バブルにいたったのも、統帥権が強化されたのも、「坊ちゃん」も、もちろん続いている。

青春は断絶する、と書いた次のページで関川夏央はこう書く。

〈やはり歴史と文化とは断絶しないのである。歴史と文化とは、やむを得ず継続するのである〉

青春は断絶するが、人生は続く。近代も現代も、次世紀のハイパー現代も、継続されたものだ。

司馬遼太郎は、青春の断絶を受け入れない人が許せなかった。死の間際、周りはそのような人ばかりだと感じており、そのまま吐血して亡くなった。 その後、明治の青春期が終了したのと同様に、戦後の青春期も断絶し、終了を迎えた。

ここまで読んでぼくは温泉をついに出た。体はイオウの臭いが強く、赤くほてっていたが、空は雪がちらつきそうで一気に凍え、急いでセーターを着こんだ。

・関川夏央著 『司馬遼太郎の「かたち」 ~「この国のかたち」の十年』単行本は、2000年、文藝春秋刊。ぼくが温泉に持っていったのは2003年2月に出たばかりの文春文庫。新刊で476円プラス税。
・関川夏央・谷口ジロー共著「『坊ちゃん』の時代」は、全五部で双葉社刊。ほうろう価格は揃いで4000円。税なし。最近双葉社から文庫でも出た。一冊あたり新刊価格571円~619円、プラス税。
司馬遼太郎関連の本は、ほうろうさんにたくさんあります。字の大きくない旧版の文庫本もほうろうさんで手に入ります。しかも安いです。税なし。
最後にもうひとつだけ。関川夏央・谷口ジロー共著の「事件屋稼業」(1977年)も双葉社から新装版ででています。中年私立探偵・深町丈太郎の青春と人生の物語。傑作です。

今回やたらとカギカッコが多いですね。(コモリ)

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