巻頭言アーカイブス

春先の一日、谷根千を歩いてみた。後編

富士見坂下から谷中銀座へ  
かつての六阿弥陀道、南泉寺で、横山大観の家のお墓を探す。友人「こんなに奥が深くって崖に続いているんだね」「ここの先代住職のおばあちゃんは横山大観のお母さんと仲よくて、大観がこの下の茅葺き八軒屋にいた頃、お母さんが来るのが見える。そうすると住職がそろそろお燗をつけようかね、と住職が御燗番をして、女二人が飲んでいたんだって」  
HIGUREの屋上のラクダは今もそのまま。この先の路地奥の忍荘に中学3年の夏に半年いたんだなあ。家の建て替えのために。それが私が谷中に出会った始めだった。1969年50年前。その時からある建物まだ残っている。  
植木屋さんだった日之出園はマンションになったがお仕事は続けているようだ。武関さんの竹籠屋さんは、なんだか閉まっているようだった。
そこから「夕焼けだんだん」の下に出て、谷中銀座に入る。後藤の飴屋、富じ家さん、貝の福島商店、野中ストア、菅生の花屋さん、小野の陶器屋さんなどはまだあるけど、それが埋もれてしまうくらい、観光客目当ての惣菜や、土産物屋だらけになった。午後の2時なのに外国人客多く、越後屋では昼間から角打ちをやっている。「平日の朝っぱらから飲酒なんて、谷中の清浄さが汚されている」という古い町の人もいる。


谷中銀座の横丁にも新しいお店がたくさんできている

金吉園へ入ってお茶をいただくと少し、気持ちが落ち着いた。谷中銀座、昔は惣菜横丁だったのに、もう、買い物どころではなく、ところてんのように押し出されてしまいそう。千駄木3丁目に住んでいた両親は富じ家さんの贔屓だったが、私は貧乏で買えず魚亀さんに行っていた。今日はやっと一つだけ、富じ家で自家製の塩辛を買う。
もう、谷中銀座は家賃も高く満杯なので、勢い、静かだったよみせ通りに出店相次ぎ、韓国食堂によもぎ蒸し、「谷根千インフォメーションセンター」はグーグル地図の上にもYANESEN と載っているが、私たちとは一切関係はない。
疲れ切って、アズカフェで一休み。このお店にはいるのは初めてだ。前は新しくできたお店には一回は入ることにしていたが、この何年かは追いきれない。


須藤公園は相当整備されて木がスカスカになっていた

不忍通りを渡って千駄木方面
しまった、谷中墓地と桜木町を歩きそびれたが、また山を登る気になれなくて次回に回し、より静かな千駄木を歩き続ける。毛沢東の大きな看板のある中華料理屋は惜しまれて閉店したが、ファンの熱望で再開。須藤公園は整備のしすぎで、木がスカスカ。道路を広げすぎて根を張る場所をなくしたケヤキが昨年倒れた。ここも息子にとっては保育園時代から中学まで遊んだ場所だ。アトリエ坂の反対側の老朽マンションが谷根千発祥の地だったが、それも壊されて地形を変えるような工事が行われている。ここは「藪そば発祥の地」でもあったのに面影の岡はもうない。須藤公園を抜けて、林町の一種住専に入るとさすがに静か。でもこの辺にもしゃれた新築がある。土地と建物で2、3億は下らないだろう。
山脇さんの邸宅が残っているのにホッとし、伊勢五酒店で焼酎を探し、重いから今度自転車で来ることにし、安田邸は耐震改修中、島薗邸のスパニッシュ建築を塀越しに鑑賞、団子坂上に出て鴎外記念館に行くと、姪のゆずちゃんがカフェの店長をやっている。「土日は大忙しなんだけどねえ、平日との差が激しくて」と店じまいをしていた。
その隣は浅草橋の洋服問屋の豪邸があったはずだが、なぜか取り壊され、ここも4階建てのマンションになるらしい。薮下通りは坂下の石垣の家も、反対側の煉瓦塀の家も改築されてしまったが、その上の彫刻家・朝倉響子さんの家も、彼女がなくなってのち今更地になっている。谷中も変わったが、千駄木も変わった。
解剖坂の下で夏目漱石「吾輩は猫である」の話。「この辺に太田さんの大名屋敷跡が廃園になりその池の淵に捨てられた猫がこの坂を上がって、前にあった漱石の家に飛び込んだのよ」。太田さんのお屋敷のお庭が「千駄木ふれあいの杜」となって住民の協力で公開されているのが数少ないいいことの一つ。そこから根津神社に出て、境内を巡り、将軍の胞衣塚、森鷗外らが奉納した水飲み台、ツツジの森、池などを見て、杉本染物店、根津教会、唯一根津遊郭の喜多川楼の玄関が残っている滝沢さんのうちは朝日新聞の販売所をやめたようだ。


うなぎを待つ間に稲毛屋さんで、一杯

藍染大通りまで歩く暇がなく、そこから早稲田行きのバスで、道灌山の稲毛屋に。これも息子が「日本に帰ったら寿司と蕎麦とうなぎが食いたい」と言ったから。 このお店は私が子供の頃からある店。昔は法事などをする普通の町の鰻屋さんだったが、今の代になって、銘酒を置き、つまみを豊富化し、繁盛店になった。里芋の煮もの、菜の花のからしあえ、わさび、焼き鳥、肝の串焼きなどで、それぞれ田酒、爾今、不老泉などを飲む。区役所の建築課に勤める友人も加わって、建築や町の人のプライドや根拠ない見栄やオーバーツーリズム、といつものテーマ。 山の中で食事処を開いている友人は「初めて来た谷根千、生き馬の目を抜く冷たい人のいる東京ではなかった。イメージが変わった」とのこと。 私としても、この歳で一日案内できるか、危ぶんだが、ゆっくり美味しいものを食べながら、どうにかもった。「バカは休み休み歩け」これをこれからの標語にしよう。スマホによればこの日の歩行数、18000歩。たまにはこのくらい歩き、町の変化を確かめる日が欲しい。

2019年4月3日   谷根千工房(森まゆみ)

谷根千工房 http://www.yanesen.net   E-mail: info@yanesen.com
〒113-0022 東京都文京区千駄木5-17-3 谷根千<記憶の蔵>内 
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