巻頭言アーカイブス

東北関東大震災になくなられた方々を追悼し、
被災された皆さんの状況に想いを馳せています。

半世紀以上、生きてきた私たちにとっても生涯最悪の災厄と感じます。 こんなとき、「谷根千」がまだあったら、地域から被災地へ、手を差し伸べることのセンターになれたかも知れない、と思います。力が足らずに残念です。 現地はいま災害救助に慣れた屈強プロのNGO・NPO、直接支援ルートを持つネットワークにお任せするしかありません。でも私たちにもできることはあります。 とりあえずスタッフは大塚モスク、池本英子さん、大観音光源寺と連携して、被災地におにぎりはじめ必要な物資を送る活動を始めています。後方支援です。また、ちいさな子供を連れた方の移動支援です。そして、地域での経済活動支援(普通に買い物をすること)です。 今回の地震と津波は天災ですが、神戸淡路大震災との違いは福島の原発事故が付随したことで、人災の側面、また広く放射能汚染地域が広がり、日本人はすべて当事者となったことです。 東京でも空気、水、食べ物といった生存を支えるものへの不安が高まっています。 居酒屋さんは水割りをつくるのが恐いと言いました。お風呂屋さんは開けて大丈夫かしら、といいます。 今回の地震の影響で煙突ほか設備の壊れた根津の山の湯さんでは解体工事が始まりました。風呂のない家の多い根津地域の落胆は大きく、動揺しています。 自転車やペットボトルの水が飛ぶように売れる中で、お花屋さんは売れないと嘆いています。 美容院は、卒業式も結婚式もなくなったのであがったりだと言います。 わたしたちが東京でやれることは、まずこうした地域の店を支えることです。 3月13日、千駄木の東京在宅看護協和会と谷根千 を中心に行われた餅つきには100名を越える近隣が集まり、情報交換とともに、人とのつながりを確かめてひと時の安堵を得ました。 ささやかな催しは、町の中で静かにゆっくりとたくましく続けられています。 3月23日、千駄木の古書ほうろうで『昔日の客』を書いた山王書房関口良雄さんを忍ぶコンサートに参加しました。雨にもかかわらず55人の人が集い、息子の関口直人さん、西海孝さんの静かな、心にしみいる歌に耳を傾けました。 みんなが集まり、体験を話したり愚痴を言ったり不安を訴える場所をつくりましょう。 福島の原発事故は人災です。その後の東京電力や政府の曖昧で無責任な対応にはハラが立ちます。彼等は『絶対安全』『日本の技術力を持ってすれば』と言い張り、私たち素人の『なんとない不安』を馬鹿にしてきました。 しかし原発反対運動に係りながら、反対しきれず、このところ油断もしていた自分たちにももっと腹が立ちます。これをいい経験に日本から原発をなくしましょう。火力、風力、水力、太陽光などでまかなえる暮らしに戻しましょう。 『黒い煙が見えた」。当事者がそれしか発表できず、それ以上のことがわからないような制御不能なエネルギーとはなんなのでしょうか? 谷根千地区はいまだ計画停電もなく、停電している地区の皆さんに申し訳ないと思いますが、現在、町中でも節電であちこちの光りが消されています。これで十分やれるではありませんか。 この震災で亡くなった方に対しても、生き残ったものたちはより敬虔に、謙虚に、生きていきましょう。 『進歩のしすぎだよ』というタクシーの運転手さんの言葉が忘れられません。甑島出身の彼は子供の頃、月明かりで歩いていたそうです。東京に来たらまぶしくて目がつぶれそうだった、といいました。 被災地のおばあさんがおにぎりを手にして『命のつなぎだ』と喜んでいたのも忘れられません。命をつなぐためには新しい命から大切にしていかなければなりません。妊婦さん、赤ちゃん、子供、若者の命を大人たちはみんなで守っていきましょう。 今日の災厄が新しい知恵と生き方のはじまりになりますように!

谷根千工房
(森まゆみ・仰木ひろみ・山崎範子)