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くまのかたこと - 旅の宿編

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蔦温泉旅館(2003)

大町桂月ゆかりのあこがれの蔦温泉をようやく訪ねた。十和田から下ること30分。大正の古い建物が見えてきた。最初、新築の別館に通されそうになったので、「私、古い建物が好きなんですが」というと、「今日はどこでも空いてますから」とあちこち見せてくれた。本館は大正で「鍵もかからないし、隣の声がきこえますけど良かったら」。結局「足は大丈夫ですか」と長い階段を昇り切った新館(といっても戦前の建物)61番に。「お一人ならこじんまりしていいでしょう。景色がすばらしいんですよ。」木枠の窓と網戸ごしのブナがすばらしい。6畳だけど一人だし十分。

まだ3時なので、宿のまわり、3キロほどの自然探索路を。じつによく整備され、アップダウンも少なく、うつくしい新緑のブナの林である。いくつかの静かな沼、そして鳥の声、人事のことは何も考えず。汗をかいたので風呂に。井上靖の命名の「泉響の湯」。ヒバの香り高く足元から透明な湯がわき上がる。

さっき「新館のほうは食事が少し落ちますよ」というので「質が落ちるんですか」と聞くと仲居さん笑って「品数が少ないんです。」それで結構、きのう食べすぎましたので、ということにしたのだが、夕食は十分な量でおいしかった。

イワナの塩焼きと天ぷらはあつあつ。ほやの塩辛、みず、ふき、ひめたけのこ、わらび、しいたけ、ビールビール。泉響という生酒も一合あけた。これに鴨鍋としめじの土瓶蒸し(いずれも絶品)とあたたかい汁が二品あるのがうれしい。ことに「ほや」がおいしいし。しゃきしゃきした「みず」はいたどりと共に私のもっとも愛する山菜である。(昔角館でどんぶり一杯食べてしまった)

数時間ぐっすりと寝て、夜中は、ふだん男性専用の古い湯に女性が入れるので入りにいく。誰もいない。広い湯舟は熱いが、四方の一辺からひたひたと木の洗い場に湯があふれ、そこに横になる。背中がじんわり熱く至福とはこういうことをいうのではないか。

「広すぎて迷子になりそう」というと「捜索隊出しますよ」といった仲居さん。みんな親切なのは繁昌している宿のゆとりであろう。三時半頃月がかかり、そろそろ空が明るみ、カラスが泣いた。

森まゆみ
2003年6月26日(木曜日)公開

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