乳頭温泉郷 黒湯(1985)
田沢湖を見下ろす山中にある乳頭温泉郷は、温泉ファンの憧れの一軒宿がいくつもあるが、最初に泊まったのは黒湯というそっけない名の宿だった。着いたのがたそがれで、坂上から橙色の灯に色取られた旅館の全景が見えた。
食事はランプの元で山菜がどっさり出たが、箸をどこに出したかわからぬ闇で、味は良かったが何がどんな形をしているものかわかりかねた。
夜中に混浴の湯にいくとそこは真ん中に四畳半ほどの湯舟があって、その周りを囲炉裏みたいに人が囲んで、いつはてるともなくおしゃべりがつづいた。翌朝の光で入る茅葺きの内湯も楽しかった昨日しゃべった老夫婦を車に乗せて、田沢湖を一周した。すがすがしい宿だった。
森まゆみ
2003年6月18日(水曜日)公開
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